CrossConnection 02-10

CC
03 /31 2015
 ナインは反射的にノアの腕を引き寄せる。
「『燃えろ』よ!!」
 つい先程立て直したテーブルを蹴り上げ、素早く身を屈める。その行動を終えるのと黒外套の来訪者の剣先から放たれた炎が到達するのはほぼ同時だった。
 円形のテーブルの周りから炎が溢れる。それをナインはノアを深く抱き込むことで回避する。炎の放射が続く。
「ノア、合図であそこの窓から店を出ろ」
 ナインは視線でその方向を示す。
「ナインは…?」
「やつを少し引き止めたらすぐに追う」
「本当に?」
「ああ、まだおまえは手がかかりそうだからな」
 ナインの言葉を聞いて、ノアは頷きを返す。そのやり取りが終わるタイミングで、テーブルの角から漏れていた炎が途切れた。
「クソが!隠れてんじゃねぇぞ!」
「行け!」

 ナインが合図を出す。それと同時にノアがテーブルの影から飛び出す。
「逃がすか!」
 黒外套の男が剣先をノアへと向ける。続きナインがテーブル影から姿を表す。手には投げナイフを持ち、それをすかさず投擲した。ナインの投擲モーションに気づいた男は剣を振るい、炎でそのナイフを巻く。
「クソ!!」
 店内の光景は騒然としていた。自分たちと男の間にあったテーブルやフローリングは火を燻りはじめ、間にいた客は炎に巻かれ、なんとか消そうと「助けてくれ!!」と叫びながら必死に店内を転がり回っている。「対話者だ!逃げろ!!」や「おい!だれか騎士団を呼べ!」という声が店内に響く。
 そう、敵は対話者。
 その中でナインは冷静に見定める。
 よし、直線上に人はいない。
 近くにあった丸椅子を両手に持ち、体を回転させ勢いをつけて黒外套の男に投げつけた。男は剣を両手で支え、受け止める。
「チッ!!」
 投げ飛ばすと同時にナインは身を翻し、今しがたノアが外に這い出た窓へと走る。男は投擲物に対し炎を出し、勢いと衝撃を和らげ、体勢を崩さずに立っていたが、今しがた退けた障害物ゆえに追撃が一瞬阻まれる。ナインは一飛びで窓枠を超え、外にいたノアの手を取り駆け出す。
 しかし、それもすぐに阻まれた。
 窓から出たのは建物と建物に挟まれた通路。その出口でまた別の、黒の外套を纏った男が二人、待ち伏せていた。足を止め、引き返そうと後ろを振り返る。
「クソがぁあ!!舐めやがって!!!」
 紅の対話兵装を持った男が窓枠に足を掛けているところだった。前方二人の黒衣の男たちは懐から短剣を抜き出す。いずれにも紅の輝石が埋まっていた。

「挟まれたか…」
 ナインは立ち止まる。強引に突き抜けることも考えたが、ノアを連れている状況だと成功率は低い。
 前方の二人組と均衡が生まれる。そう思った矢先だった。二人組が慌てた様子を見せ、塞いでいた道を開けた。
『ーーァァーーーーー!!!!』
 背後から嫌な気配がした。
 ナインはノアの身体を抱き寄せ、なるべき通路の隅へと折り重なるようにして倒れこんだ。
「『燃えろ』ぉぉぉおおおお!!!」
 獣のような咆哮と業火が通路を満たす。
 避けられない。それだけの広がりと熱量、そして感情だった。

 ーーー炎が収束する。
 大量の炎を放出し、男はぜいと息を切らしていた。
 その中、ノアを庇ったナインは通路に横たわり、違和感を感じていた。
 どうなっている?
 あれだけの炎、熱に当てられて。
 ーーー火傷一つ負っていなかった。
 それよりも今は好機。
 ナインはノアを引き起こし、再び走り出す。
「クソ…」
 男は追撃しようと試みたが、足がふらついた。
 ナインたちが狭路を抜けると、先程道を阻んでいた男の一人が短剣で以って斬りつけてきた。それをナインはノアの頭を押さえ、屈み、足を払う。足払いで男は転倒し、もう一人の男の進路を障害となった。
 その隙に街路を進み、路地へと入る。そうすれば地理に明るいこちらの有利となるだろう。
 ーーーが、その前に邪魔が入る。
 路地から新しい黒衣の男が現れ、抜きはなった短剣の切っ先をナインに突きつけていた。その刀身には、例のごとく紅の輝石が埋まっている。
 ナインは切っ先から身体を逸らす。その動作で放たれた炎を躱した。躱すとともに体を捻り、ナインは腰から剣を抜き放つ。新参者はその牽制の一撃を身を引いて避けた。
「まったく何人いやがんだ…」
 駆ける勢いは殺されていた。ナインはその場で剣を構え直す。
「まだ…いる」
「アビスってのは最初のあいつか?」
「違う…。もっと暗く…冷たい」
「そうか」
 そうこうしているうちに、すぐに後続が追いついてきた。最初に現れた男も、今は足取りもしっかりとしている。
 ナインたちは、建物を背にし囲まれていた。

「…ルマノ様。No.Xは殺してはなりません」
「わかってるよ、クソ…。大体ちっと焼いても死なねェだろ」
 おそらく最初に現れた、今ルマノと呼ばれた男、一番深度が深い。
 ナインはそう分析する。
 対話者の能力の高さを『深度』という指標で表す。
 これはアストラル界との結びつきの深さ。結びつきが深いほど多くの力を引き出せ、自在に扱うことができるようになる。ただ、
 ーーー深度が深いほど、人としての感覚が狂う。
 故に扱い辛い。
 現にうまく連携が取れていないように見える。狭路での業火であれ、仲間ごと焼き払うものだった。そう、この男は力に振り回されているのだ。そして、仲間である黒衣の集団は攻めあぐねる。ーーーまだ戦いようはあると見える。それに加え。

「邪魔してんじゃねぇよ!クソが!!」
 ルマノが叫びとともに炎をナインに差し向ける。それをナインはギリギリまで引きつけて躱した。
 ーーー聞こえるんだよ。
 ナインには聞こえていた。忌みし嫌うあの嬌声が。
 続け、放たれる炎を再び躱す。
 そして、敵対話者の元へナインは踏み込んだ。

CrossConnection 02-09

CC
02 /03 2015
「まず最初に確認しておきたいことがある」
 食事を終え、変わらず騒がしい店の中ナインは切り出す。食事の時と、一転したナインの真剣な眼差しを感じ取ったのか、ノアは椅子の上、ナインの方へと向き直った。そして、口を開く---
「おまえはどうなりたい?」
 続け、
「おまえは『助けてほしい』と言った。どうすればおまえを助けたことになる?」
 とナインは問うた。
「私は…」
 問いにノアは思考する。数秒俯いた後、顔を上げ、
「もう一度、あの美しい光景を見たい」
 真っ直ぐにそう言い放った。
「もっと…この世界のことを知りたい」
 その言葉は確か。
「私が、見たいのは…ここに来る途中に馬車から見たもので…すごく鮮やかで…」
 ノアは言葉をたどたどしく言葉を続ける。
「それがすごく…」
 そして、自身の胸に手を当て、
「ここに、響いた」
 なんとも不器用に感情の動きを告げた。
 ノアはかつて見た光景を思い出しているのだろうか、ほぅと静かに息を吐く。
 その姿をナインは息を飲んで見つめていた。それはとても脆く、儚いもののように見えた。
 やがてノアはナインから返答がないことに気づく。説明が伝わらなかったのかと首をかしげ、やや上目遣いにナインの視線を伺い見る。
 その様子を見て、ナインは深くため息をつく。併せて、自分がノアに見とれていたことをごまかすように後ろ頭を掻いていた。
「いや…聞きたかったのはそういうんじゃないんだがな…」
 ナインの言葉にノアは一層、首を傾げる。
「おれが聞きたかったのは、おまえを捕まえようとするやつを倒してとか、どっかの国に逃がしてとか、そういうことなんだが…」
 ここではっきりさせたかったのは、目的。どこまでが自分の領分なのか確認したかったのだ。やるべきこととやらなくてよいことを線引きする。それが雇われ者としての仕事の仕方。
 依頼人に情が移ってしまうと、ついなんでも手を貸したくなる。しかし、実際にそんなことはやってられない。身体はひとつ、時間は有限なのだ。
 ナインには仕事がある。
 多くの人間に力を貸す、という自身で選択した仕事。一人に力を貸し続けることは他の人間を助けないことに繋がる。
 目的、領分を定めないこと。そんな仕事のやり方はナインは二流の極みだと思っている。定められた仕事をこなし、きっちりと報酬をもらう。それを超える分には、再度取り決めを行ってから。
「まあ、わかった」
 …そう思っていたんだがな。
「その景色とやらをおれがもう一度見せてやる」
 聞きたかった内容とは違った。しかし…、
 ---なぜだか心に落ちた。
 …どうやらおれは情に流されやすい傾向にあるらしい。
 二流の極みだなとナインは胸の中で毒づく。
「ありがとう…ナイン」
 言葉とともにノアが柔らかい表情を見せた。
 微笑みにも見える。その表情を向けられるのがどこか照れ臭くなり、ナインは視線を逸らした。
「…報酬はもらうからな!」
「報酬…代価……」
「…別に大したものは期待してねぇよ。でも、なにかしらはもらう。そこは妥協しない」
 これまでノアの身なり、様子を観察してきて、大したものが出てくるとは思えない。ただ、雇われ者としてのプライドがタダ働きを許さなかった。
「わかった…」
 依頼の目的も内容もはっきりしていない。報酬もどのくらいもらえるかわからない。
 …とんでもない依頼だな。
 ナインは何度目かわからないため息を吐く。この少女に会って振り回されてばかりだ。常識が通じない。反応も薄い。漠然としすぎている。
 それでも不思議と庇ってやりたくなる。導いてやりたくなる。
 この少女の境遇が哀れに思えるからか?放っておけないからか?
 わからない。
 ただ、胸が沸き立つ。心が惹かれる。
 そう表すのが適切だった。どうにも理由に落とせない。ならば…
 この少女に関わってみよう。
「続きだ。おまえはどういった連中から逃げ出した?ここに、この国に連れてこられたと言ったいただろう?どういった風貌をしていた?」
 話はそれからだ。このよくわからない感情もそのうち答えを見出すだろう。答えが見えずともその時はその時。
「黒い外套で身を覆っていた」
「何人ぐらいだ?知ってるやつはいたのか?」
「10人ぐらい…?馬車の中にいたからはっきりとはわからない…。外套で顔はよく見えなかったけど…一人は知ってた」
「そいつが親玉だったりするのか?」
「よくわからないけど…たぶんそうだと思う。何度か会って、話をしたことがある」
 敵の姿、規模。ノアが話したキーワードを元に情報を広げていく。
「馬車にはどのくらいの時間乗っていた?」
「わからない…。ただ、何度も夜を越した」
「気温は?出発地とこことじゃ差異はあるか?」
「気温…」
 ノアは悩んだ表情を見せたが、続ける。
「よくわからないけど……、出発する時に寒いって言ってた」
 寒いと言っていたのは、ノアをこの国に連れてきた連中か?ノア自身はそう感じなかったということか?
 ナインは腑に落ちないと思いながら、情報の整理を進める。
 移動が数日ならば、それなりの言い方をする。ある程度の日数も把握できていないとなると相当な距離を移動してきたと見える。言葉からは、北方から南下してきたように思えるが、ノアの感じ方、言い方は、そこまで寒くない地方から来たように思える。
「おまえの他に馬車で連れてこられた人間はいたか?」
 その問いにノアは首を横に振る。
 となるとこの数十日間をかけた長い行程は、ノアをトラヴィオン王国に運ぶために行われたものだということ意味する。
 わざわざノアを王国に連れてくるために多くの人間に長い日数、行程を歩ませた。
 ……このまま見過ごしているわけはないよな?
 思わず、ナインは今一度周囲の様子を窺った。より一層騒ぎが大きくなってはいたが、特に変わったところはないようだ。
「おまえは…」
 …聞くのか?
 言いかけて言うべきかと戸惑う。
 …何を迷っている?関わると決めたはずだ。
「おまえには、何がある?」
 それだけの手間をかけさせる理由がこの少女にはある。
 ノアは口を開きかけ、噤む。
 躊躇。
 そして、今一度ナインの表情を見つめ直し、意を決したように静かに口を開いた。
「私は…」
 告げようとした瞬間---
「てめぇ!なにしやがんだっ!!」
「おめぇこそふざけんじゃねぇよ!!!」
 横からの怒号でその言葉が掻き消された。
「ノア、続きを」
 酔っ払い同士の喧嘩。
 …勝手にやらせておけばいい。それよりも今のうちに聞ける情報を引き出しておく。
「わかった、ナイン。私は…」
 次の瞬間、男の身体が目の前のテーブルの上に飛んできた。大きな音を立てテーブルと男が転がる。その時にテーブルに乗っていたコップが跳ねた。
「やりやがったなぁ!」
 吹き飛ばされてきた男は負けじと立ち上がり、相手へと向かっていく。
「私は…」
 コップに入っていた水が少しノアの顔にかかっていた。
「いい、ノア」
 そんな状態の中でも話を続けようとするノアを制止してナインは立ち上がる。そのまま争う二人の方へと歩み寄る。
「おい」
 間近に立つナインの姿に気づき、二人の争いが一瞬止まる。
「引っ込んでろ!」
「邪魔すんじゃねぇよ!」
 浴びせられる怒号にナインはひるまず、
「ちょっと黙ってろ」
 と言い放った。
 その挑発するような言葉に二つの拳が飛ぶ。
 ナインは身体をずらし、それを軽く躱す。同時に男の一人の体が崩れ落ちる。
 男達の拳を躱したタイミングで一人の男の顎に拳を繰り出していた。そのままもう一人へと迫り、足を払う。後ろに倒れた男の襟元を掴み、絞めた。時機に苦しそうしていた男が大人しくなる。
 一瞬のうちに場を制圧した。
 その光景に酒場の客は息を呑み、次の瞬間歓声をあげた。
「さすがナイン!やるじゃねぇか!」
「あざやかだねぇ!惚れちまうわぁ!」
 歓声をよそに店のカウンターの方へと行き、顔なじみのマスターに声をかける。
「すまねぇ、マスター。騒がしくした」
「いいってもんよ。おまえのおかげで被害も最小限だ」
 後の処理は頼むとマスターに断り、ナインは元いた席へと戻る。
 ナインをノアは佇んで迎えた。
「ナイン、つよい」
「このくらいなら簡単なもんさ」
 迎えたノアの顔をマスターから借りたタオルで拭ってやる。されるがままにノアは佇んでいた。
「つよい…けど」
 言いよどむ。その所作を珍しく思い、尋ねる。
「どうした?」
「アビスには、気を付けて…」
「ん?おまえを連れてきたやつか?わかった、覚えておく」
 まっすぐに見据えるノアの心配そうな視線が印象に残った。

「せーのっ…」
 二人でテーブルを起こし、場を復帰する。食器は木製で特に処理は必要なかった。再び席につこうとしたその時だった。
 店のドアが開く。
「クソめんどくせぇ…」
 ---黒い外套を着た男が店の入り口に立っていた。
 その疑うべくもない特徴にナインは気づき、ノアを背後に隠そうと動く。しかし、
 ---視線が合う。
 黒衣の男は最初からこちらを見ていたのだ。
「手間かけさせんじゃねぇよ…。クソ実験体が…」
 男は腰から剣を抜き放つ。
 切っ先は真っ直ぐにノアの方へ向けられており、そして…。
 その刀身には、紅の輝石が埋め込まれていた。

CrossConnection 1225

CC
12 /25 2014
 トラヴィオン王国の街路に二人。
 孤児院でのクリスマスパーティが終わり騎士寮へと帰るティマとゼブランスだった。
「みんなよろこんでくれてよかったね!」
「ああ」
「ゼブくん、院の女の子たちに、モテモテだったね!」
 よほど楽しい時間だったのか浮かれた様子のティマ。
「そうだな」
 それをいつものように軽く流すゼブランス。寒空の下、衣服に身を縮めて息を吐く。先程まで暖かい場所にいた分、長く白い吐息が出た。
「ゼブくん聞いてる?」
 前方からゼブランスの顔を覗き込み、頬を膨らませる。寒さからか興奮からかその頬は紅く染まっていた。
「聞いてる聞いてる」
 そう言いながら、ティマから視線を外し更に実を縮める。
「もう、水の対話兵装使いが情けないよー」
「寒さと水は関係ないだろ…」
「関係あるよー」
 はいはいと他愛のない言い合いをしながら二人は歩いていく。

 ---そんな中
「あ、雪だ!」
 空から粉雪が静かに舞い落ちる。
「雪だよ!ゼブくん。綺麗だねー」
「道理で寒いわけだ…」
 舞い散る雪にはしゃぐティマに、ゼブランスはため息をつく。
「おい、あんまり走り回るなよ」
「だって雪だよ!聖夜に雪!トラヴィオンでは滅多に降らないのに」
 そう言ってゼブランスの元に駆け寄る。次の瞬間、
 ---雪で濡れた地面に足を滑らした。
 前のめりに倒れそうになったティマに、反射的に支えに出たゼブランス。抱きとめるような形でティマの身体を受け止めた。
「えへへ…ごめん…」
 ティマは照れたように笑う。
「このぐらいでバランスを崩すなんて訓練のし直しだな…」
 小言を言うゼブランスだったが、視線が所在なさげにさまよっていた。
 時間を置いて、ティマは身を離した。
「ありがとう、ゼブくん」
「まあいつものことだ気にするな」
「これからも頼りにしてる」
「撤回だ。気にしろ」
 やだーとふざけてティマは笑う。
 孤児の頃からずっと二人で支え合ってきた。

 ---そう、これからも…
「これからもよろしくね!ゼブくん」

 二人は共にあるのだろうか。

CrossConnection 02-08

CC
12 /07 2014
 ナインはノアを連れて酒場へと来ていた。
 酒場に来たのは、腹ごしらえのため。時間は既に夜だ。ナイン自身は仕事で得たパンを食していたが、ノアはどうかわからない。これまで逃げていたのなら食事の心配をするような余裕はなかったはずだ。
 店に入り、ナインは店内を見渡す。
 祭りの影響もあってか盛況なようで客が多い。良い具合に紛れ込めるだろう。
 …教官は、いないか。
 この酒場を選んだ理由のひとつ。騎士時代の恩師であるスパーソンに相談をすることができればとナインは思っていた。
 夕方、アレクシアに会いに行く前に酒場の話題が挙がっていたからあるいはと思ったが、既にいないようだ。
 …騎士団に何か情報が下りてきていないか聞けたらよかったのだが。
 仕方がないと思いつつ、そのまま空いた席がないか探す。
「ナインさんいらっしゃーい!」
 そうしていると、当の教官と武器屋店主が話題にしていた看板娘が声をかけてきた。
「二人だ。空いてるか?」
 看板娘リアは「そうですねー」と店内を見渡し、
「あちらの方でいかがですか?」
 と空いた席を手で示して見せる。
「ああ、構わない」
 入口から見えにくい位置であり、窓からも遠い。外から覗き見られることもないだろう。
 リアに会釈をし、席の方へと歩く。
 ナインが席に着いて一息つくと、ノアはそれに倣い正面の席についた。体は席に落ち着かせていたが、視線は辺りを巡らせっぱなしだ。
「ナイン、ここはなに?」
 どこにでもある一般的な酒場。
「何って酒場だよ。まあ酒は飲まないけどな。いかがわしい店にでも見えるか?」
「…いかがわしいってなに?」
 しまった、気を抜きすぎた。
「あーそれはだな…」
 ノアの視線はナインの答えを待っていた。いつものジト目ながら、正に期待の視線だった。ナインは視線をそらしながら、
「男と女が仲良くする感じのことだよ」
 ととりあえず適当に答えておく。
「私とナイン?」
「それも違うと思うが…まあ、それでいいさ…」
 あまり追求されるのもなと思い、半ばあきらめ気味にナインは答える。
 この娘は知らないことが多すぎる。色々なものに興味を持つ。できることならば、すべて答えてやりたいところだが。一方で言いにくい、教えにくいこともある。
 …あまり変なものに興味を持たれないようにしないとな。
「私とナインはいかがわしい関係…」
 間違って覚えられても後々厄介になる気がする。
 当の本人は自分と対面の男との関係を胸の中で反芻しているのだろうか。不穏なことをつぶやいている。それを阻害するため、声をかける。
「食べ物はこっちで決めるぞ、いいか?」
 ノアはナインに頷きを返す。この程度の日常会話は伝わるようだ。
 手を挙げ、ナインは店員を呼び注文を済ませる。その過程でノアがナインに倣い手を挙げていたが、ナインは気にしないことにした。

 ナインは入口の方に注意を向けながら、店にいる人間を視線だけでチェックしていく。トラヴィオン王都の人口は多く、交易や商売などで人の出入りも多い。店内には顔見知りの人間もいるがそればかりではない。こちらの姿を窺っているような怪しい人間はいないか、手早く目で確認していく。警戒を緩めない。
「おすすめメニュー…」
 声に気付き、ナインはノアに視線を向ける。壁の張り紙を見ており、そこに書いてある内容を声に出していたようだ。
「おまえ、文字が読めるのか?」
 ノアは問いかけにこくりと一度頷き、
「おすすめメニューじゃないの…?」
 ナインに対して首を傾げて少し不服そうな顔を見せる。頼んだのは貼り紙に書かれているおすすめメニューとは違った。ナインがたまにこの酒場で食事をする時に、いつも頼んでいるもの。値段の割りに量が多く味もよし。現在、おすすめに書かれている料理よりもおいしいだろうという自信はある。
「なんだ?おすすめメニューが食べたかったのか?」
 おすすめメニューと言っても、ここは酒場。書かれているメニューを見る限り、酒のつまみに『おすすめ』という意味で書かれているんだろうとナインは思いながら、ノアに問いかける。
「おすすめなら『おいしい』というのがわかると思って」
 その答えに、ナインは言葉に詰まる。間を空き、
「…それなら心配するな。さっき頼んだのはおれのおすすめだ。それで十分わかるさ」
 ノアは「本当?」と尋ね、ナインが頷きを返すのを見ると満足したように見える。
「話はしないの?」
「飯食ってからでいいだろ」
 ナインは静かに息をつく。
「わかった」
 ノアはまた周囲を見回し始める。
 …じっと見つめることで泥酔者の気に触れなければいいが。
 そう思いつつも窘めはしない。
 ノアの知ろうとする行為をナインには止められなかった。

「お待たせしましたー!」
 ナインが店の人間を粗方見渡したところで店員のリアが料理を運んできた。テーブルに置かれる料理にノアは興味津々といった様子。ナインの鼻にもいい香りが届く、次第に口内が涎で満たされていく。
「これがおれのおすすめするこの店自慢のナポリタンだ。まあ食ってみろよ」
 そう言ってナインはフォークを差し出す。ノアは差し出されたフォークを受け取り、ナポリタンなるものにフォークを差し込んだ。それを引き上げるとパスタがフォークにからまり、掬い上げられる。
 しかし、パスタは途切れず、大きなまとまりから離れない。戸惑うノアにナインはフォークを回すジェスチャーをしてみせる。それに倣いノアはフォークを回す。パスタがフォークに巻かれていく様子に合点がいったのか、ノアは器用に一口大にまとめ、口に頬張る。
 次の瞬間にノアの表情が若干緩んだ。
「どうだ?」
 その表情の変化を見たナインは、咀嚼を進めるノアに問いかける。
「おいしいだろう?」
 対し、ノアは数度頷きを返し、
「ふぉいひぃ」
 感想を告げた。
 満足したようでナインは少し安心していた。
 …感じ方は同じか。
 ノアは引き続きパスタを纏める作業に入っていたが、次第に纏めるのがまだるっこしくなったのか、口を近づけて、啜るように食べるようになっていた。
 その様子を眺めながら、ナインは自分の分のナポリタンを口に運ぶ。口に広がる香りと酸味に
「やっぱうめぇな…」
 と再度思っていた。

CrossConnection 02-07

CC
11 /30 2014
 さて、これからどうする?
 ノアと共に靴屋『フローレンスフットマッスル』から出て、ナインは思考する。
 購入した外套でノアの姿を目立たないものにした。外套にはフードがついており、被せれば顔を隠すことができる。そうすれば遠くからノアの姿を判別することが難しくなる。加えて、今日という日は夜であっても街中に人通りが多い。一人の人間を注視して探すことは困難な状況である。
 とりあえず、ノアの身を隠すことができた。落ち着いて行動できるだけの体制が整ったと言えるだろう。
 しかし、肝心の問題は何も解決していない。
 問題とは『これからノアをどこに連れていくか』だ。
 ノアの身元、状況がはっきりしていない。出会った時にしたナインからの複数の質問に対して、ノアは「わからない」とだけ答えていた。
 「助けて」と言われた手前、ノアのことを放ってはおけないが、次に何をするべきなのか定かになっていない。それをはっきりとさせなければならないだろう。
 そのためにナインのできること。それは思考するという行為だった。
 これまで得た情報。ノアの風貌と反応。
 そこからナインはノアの立場を予測する。
 『実験対象』
 しかし、何の技術に起因するものなのか、どこに幽閉され実験を行われていたのか、どこかから移送されて来たのか、何者に追われているのか、予測を確信とするための情報は何一つわかっていない。ただ、
 「---助ケテ」
 最初に橙蹟の丘で聞いた声。それをナインはどうしても切り離して考えることができなかった。
 ……対話兵装を使用した時の感覚。
 その感覚に似ていた。ノア自身は否定していたが、何か対話兵装を所持しているのかもしれない。そして、それを媒介として語りかけた。
 そのようなことができるのかもわからないが、そういう研究の対象だったのかもしれないという考えがナインの頭の中にあった。
 仮説を元に対処を決める。
 もし、どこかから連れてこられたのなら、何の目的で連れてこられてきたのか考える必要がある。
 どこかに引き渡すため。ただの民間での人買い程度の取引ならば、騎士団へ保護を求めれば済む。しかし、取引相手がトラヴィオン王国であったならば、話は変わってくる。事はそう単純には済まない。
 以前スパーソンから聞いた、聖歌騎士団の前身、対話兵装の実験部隊という存在がナインの脳裏に思い起こされる。
 帝国に対抗するための手段。国防のために必要な研究。戦時下において省みる余裕もなかった。仕方がなかったと割り切ることはできる。しかし今は状況が違う。それに、
 ---ノアは「助けて」と言った。
 ならば助ける他の選択はナインに存在しない。
 これまでトラヴィオン王国の一施設に幽閉されて実験をされていたのだとしても同様。
 ……なるべくこの可能性は考えたくねぇな。
 この少女とトラヴィオン王国に関わりがある場合、対処としてトラヴィオン王国と事を構えるということも十分有り得る。
 ……面倒なことに巻き込まれちまったかな。
 仮説から展開した可能性ではあるが、捨て切れない可能性であることをナインは思い悩む。
 トラヴィオン王国に関係しているのなら、安易に騎士団の保護を求めるわけにもいかない。
 それにしても…
 ここでナインはこれまでの行程の疑問に行き当たる。
 …追手の姿が見えないな
 まだノアを追う敵の姿を捕捉できていない。
 懸念しているような動きを騎士団は見せていないし、他の勢力も姿を現さない。
 そもそもノアを逃げるように誘導する必要があるのか。
 …敵状がわかれば対処の芽も出てくるのだが。
 何者に追われているのか、はたまた捨て置かれているのか。ノアが抜け出してきたことが気づかれていないのか、気づかれていて、ただ泳がせているだけなのか。把握できていない。
 今後、ノアをどうするのか。
 ……やっぱ本人に聞くか。
 状況に余裕もできてきた。とりあえずあの場を離れ、姿を隠すのを先決として行動してきたが、整理するならばこのタイミングをおいてないだろう。「わからない」にしても、もう少し情報を引き出す必要がある。
「ノア」
 何を質問するか思案しながら、引き連れる手の先のノアに声をかける。
 しかし、返ってくるべき反応がない。
「おい、ノア?」
 ナインは立ち止まり、ノアの方を振り返る。
 ノアの視線はこちらを向いていなかった。追手がいるのかとナインは身構え、その視線の先を窺ってみるが特別怪しい人物はいないように見える。いるのはお祭り騒ぎで飲み交わし、楽しそうにしている人々だけだ。それをノアは呆と見つめている。
「どうした?」
 問いかけに気づき、ノアはナインへと視線を向ける。
「人がたくさん」
 たしかにノアが言うように凱旋パレード後のお祭りで、夜にしては街に人が多く、騒がしい。
「まったく…楽しそうで結構なことだな」
 呆れたようにナインがつぶやく。それに対し、
「楽しいの?」
 ノアがナインの手を強く握り返す。
「あれが楽しいというの?」
 表情に若干の機微。ナインはそれを感じ取った。期待に目を輝かせているように見える。ただ、
 …どういう意図の質問だ?
 街行く人は楽しそうに笑いあっている。見たままだ。それなのにこの質問をするということは…。
「あ、ああ…たぶんそうだな…」
「あそこの人も?」
 感情が薄いというレベルではない。
「あの人も?」
「ああ、そうだな」
 感情を知らないのだ。
 答えの後、ノアは数度頷き、
「私たちは?」
 再度問いを投げる。
「…俺たちはどうかな。これから次第だと思うが。そのためにおまえは逃げてきたんだろう?」
 ナインの答えにノアは胸に手を当て「そうか」と呟き、数度こくこくと頷いた。
「…いいか?」
 少し間をおいてからかけられた声に、ノアは顔を上げる。
 なんとなく扱いがわかってきたような気がする。
「おまえに聞きたいことがあるんだが」
 提案にノアは静かに首を縦に振った。
「私もナインに色々聞きたい」
 ナインはその答えに対し頷きを返す。そして辺りをざっと見渡し、
「場所を変えるか」
 ノアの頷きを見て、ナインはその手を引いた。

崎原 一研

エキゾチック:
外国の雰囲気・情緒のあるさま。異国的。
外国の人から見れば日本も外国。

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