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GoodLack 05-03

GoodLack
12 /16 2012
「あの一言をいただいた時から私はあの人に惹かれていたんです」
 入鹿は胸に両手を当て、温かく大事な思い出を抱きしめるようにして言葉を紡ぐ。
「その後も私のことをことあるごとに気にかけてくださって…。本当に言ったとおりに守ってくれてとても幸せでした」
 彼女にとって、かなり昔のことのはずだ。それでもつい最近のことのように自然と微笑むことができる。
「忙しいはずなのに、仕事の合間にこっそりと様子を見にきてくださるんです。私に気を遣わせないように、遠くから。でも私…、目が見えない分、逆に感覚が鋭くなっちゃってる部分もあって、彼の息遣いや彼に染み付いた煙草の匂いから来てくれているんだなぁって感じることもありました。そういう時はわざと気づいてない振りをしていたんですよ?」
 おもしろいでしょう?と入鹿が問う。
「一騎さんは普段、自分からあまり物を言わない人なんですが、そこが渋いと言うか、不器用と言うか」
 幸せそうな表情、その口元は、
「ギャップ萌えなんでしょうかー?うふふふふー」
 完全に緩みきっていた。
 
 現在、私は入鹿から一騎さんの惚気話を聞かされていた。
 なんでこんな状況に陥っているかというと、発端は私の言葉からだった。
「あの無愛想な男のどこに惚れたの?」
 入鹿にあそこまで信頼されていて、憧れの対象のよう言われていた存在なのだが、私や羽塚と相対していた時の一騎さんは仕事を冷徹にこなすという印象の強い、無愛想な男だった。その男が普段どのような人間であるのか、何気なしに聞こうと思った言葉のつもりだったが、どうやらそれがいけなかったようだ。
 私がその言葉を入鹿に投げかけた瞬間だったと思う。あの大人しくて、いつでも優雅に緩やかに振舞いそうな入鹿が、俊敏な動きと勢いで私の両肩を掴んだのだ。
 開口一番。
「一騎さんはああ見えて、すごくいい人なんです!!」
 力の篭った言葉を告げられた。
 突発的な行動にも驚いたが、それよりも入鹿の顔が目の前に接近していることに焦った。
 入鹿は真っ直ぐに私の目を見つめていた。その瞳はとても純真で澄み切っていて、穢れないものだった。燦然と輝き、私に伝えてくる入鹿の意志はおそらく「語らせて」だろう…たぶん。
 私は察した。というか観念した。
 こういう人間には「やめろ」と言う言葉は通じないのだ。

 そして今、羽塚の眠っている隣の部屋で私たちは二人仲良くソファに並んで「私の好きなあの人!」なテーマでガールズトークを繰り広げていた。入鹿が一方的に。
 違うか、これじゃヒアリングガールか。

「少ししゃがれてますけど、落ち着いていて深く響く声…。ぞくぞくしちゃいますよねー」
 ああたしかにあの声には背筋がぞくりとする。恐怖でだけど。
「顔も今回初めて見たのですが、眼つきが鋭くて、とても力のある眼光で想像していた以上に素敵でした」
 いやあれに敵意を持って見つめられたら、まじ怖いですって。
「いやいやまあまあ。一騎さんがすごい素敵でかっこいいってことはわかったから」
「あと可愛いです。萌えです、萌え」
 それは褒め言葉なのか?一応三十代まではぎりぎりおっけーなのだろうか?しかし、あのベテラン刑事の体で三十代ってのにも驚いたけど。
 わかったから、と入鹿をなだめ、一息溜息をつく。
「あんたそんなに一騎さんのことを想っていたのなら、これまでの羽塚に対するアピールはなんなのよ?」
「アピールですか?」
「あの妙に羽塚を困惑させてた数々の行動のことよ」
 入鹿は視線を上に、顎に右手の人差し指を当て、んーっと考える動作をし、あっ、と言う声と共に胸の前でポンと拳で手の平を打つ。
「ああ!あれですねーうふふ。ほら羽塚さんってからかうと可愛らしい反応してくれるじゃないですかー。それがおもしろくってついー」
 考えなければ気づけないほどに日常化してしまっているのか。羽塚…かわいそうに…。地上に来てよかったね!と心の中で思う。
「いやでもあんた羽塚のこと好きだって言ってるからね?」
 その言葉は紛れもない事実だ。あれのせいで実際少し悩んだりもしたんだ。
「そうですねぇー…羽塚さんは可愛い弟みたいなものというか、弟として好きというか。私、羽塚さんが本当の弟だったらブラコンになってますよ、きっとー」
 私の悩みはまるっきり無駄だったと今ここに証明された。あんだけ悩んでいたのが馬鹿みたいに感じられる。大体この世間知らずの天然娘の好きだなんてあてにならないと気づくべきだった。
「弟のお嫁さんをいびる姉の気持ちというのをやってみたかったのでー、希望さんを所々からかってしまいましたーうふふふふー」
 って故意かよ!つーか弟の嫁をいじる姉の気持ちが体験したいってどんなマニアックなシチュエーションだよ!というかお嫁さんって!
 羽塚の…お嫁さん?

「あららー?うふふふふふ…」
 入鹿の表情が変わる。まるでおもしろいものを見つけた時のような猫だ。
 一瞬、自分が羽塚のお嫁さんになっている姿を想像してしまった。
 それを入鹿に見つかって顔が熱くなるのを感じる。まずい。恥ずかしさで他になにも考えられなくなりそうだ。
「いいですよねー?羽塚さん」
 私の顔を覗き込むようにして入鹿は問いかける。
 それに対して、えっ?だとかあっ!といった言葉しか咄嗟に出てこない。
「優しくって、頼もしくって。そしてどこか忠犬のような可愛さがあって」
 真っ赤になっているだろう顔を見られるのが恥ずかしくて、下唇を噛み、下を俯く。
「私の一騎さんへのお気持ちをお話致しましたので、次は私にも希望さんのお話をお聞かせくださいませんか?」
 話?は、羽塚の?
「羽塚さんとはどんな出会いだったんです?」
 入鹿が隣に座る私に押し寄せてくる。
「どういうところに惹かれたんですか?」
 俯き続ける私に続け、
「でも羽塚さん鈍感で大変じゃないですか?」
 更に続ける。
「どっちから告白したんですか?やっぱり羽塚さんから?」
 更に更に。止まらない。止まらない…。
「う…」
「う?」
「うにゃぁぁあああああ!!!」
 入鹿の責め苦に耐え切れなくなって反撃に出る。叫びと共に、言い寄ってきていた入鹿を勢いのままソファに押し倒す。
 ああ、もうわかった。わかったさ。
 そんなに聞きたいのなら聞かせてやる!
「あいつとの出会いは特に変哲もないものだったけど、意識し始めたのはあいつが初めて声をかけて来た時!気づいたらいつのまにか惹かれてて、どんなところに惹かれたかっていうと…やっぱり優しいところっていうか支えてくれるところっていうか!たしかに鈍感で大変だと思うことも、ありますけど!逆にそこが味になっているっていうか…。でも告白はしてもらいたいなぁって…、私はこんなに羽塚のこと好きなのにぃ!」
 はぁはぁと荒く息を吐き出す。入鹿に途中で何か言われたら恥ずかしくなって言葉を続けられなくなる。そう思って一気に言葉を続けた。勢いに任せてしまえばなんとかなるもんだ。

 ふふーんと入鹿に覆いかぶさった状態で勝ち誇っていた。その時、
「え、えーっと…呼びました?」
 突然横から声をかけられた。
 聞き覚えのある声に咄嗟に顔を挙げ、視線を送る。
 あ、やっぱり羽塚だー。
「ああぁぁー…」
 押し倒した入鹿の身体に顔を伏せる。
 き、聞かれてた?聞かれてたよね?一体いつから?
 というか羽塚が目を覚ましてる!?でも、あんなの聞かれてたらと思うと合わす顔がない!
「あ、あのそんな時から私のことを…!きょ、恐縮です!」
 さ、最初から聞いてるじゃないかー!
 あまりの恥ずかしさに更に深く顔を埋める。埋めているのは入鹿の胸だった。くそぅ!柔らかくてどんどん埋まりやがる!
 うあああ!と言った具合に入鹿の胸にぐりぐり頭を埋めていると入鹿の胸が小刻みに上下に揺れていた。

「ふふ…うふふふふ…あはははは!」
 入鹿がソファに仰向けになったまま笑い出す。
「あははははは!」
 その笑いは長く続いた。私と羽塚はその笑い声を呆然と聞いているだけだった。次第にその笑いも収束していき、
「はーっ…本当におもしろいですね、あなたたちは…」
 笑いで出た目尻の涙を指で拭いながら、入鹿は息をつく。
「私、あなたたちのところに来てよかったです」
 その言葉と共に入鹿の身体が柔らかく輝き出していた。
 一瞬戸惑いを覚えたが、この光には見覚えがある。この間の大震災の時、羽塚が天界へ帰る時に発していた光だ。

「帰るの?」
「はい。お世話になりました」
 私は入鹿の上から起き上がり、その手で入鹿を引き起こす。その際、壁に掛けられた時計が見えた。その針は丁度12の位置で合流しようというところだった。
「実はまだ大分仕事が残っているんです。でも、来た甲斐がありました。羽塚さんが無事なのも確認できましたし、お二人が一緒にいる姿を最後に見ることができました」
 入鹿の話を聞きながら、私はその両肩を軽くはたき、服装を整える。そのことに入鹿は軽く会釈をした。そして、言葉を続ける。
「私も一騎さんとあなた方のような関係になれるよう努力していこうと思います」
「約束、守りなさいよ」
 あの一騎さんと入鹿が、私と羽塚みたいな関係っていうのはいまいち想像できないが、まあ私たちの間に幸せのイメージが見えたのならそれはそれでよしとしよう。
「はい。慎んで」
 答え、入鹿は立ち上がる。歩き玄関の方へ静かに歩む。転送のための光はもうほぼ全身を埋めていた。玄関の前に到着したところで立ち止まり、こちらを振り向き、一礼をする。

「入鹿様!」
 入鹿が何か言葉を発するよりも前に羽塚が入鹿に声をかける。
「またいらしてください!…私たちの家に」
 私たちの家。
 羽塚の言葉に私は一度俯く。
 一息吐いて、入鹿をまっすぐに見据える。
「うん。またいらっしゃい」
 見送りの場面というのに、にやけ顔ではどうにも締まらないじゃないか。
「はい、またお邪魔させていただきます」
 再会を誓う言葉と華やかな微笑みを残し、ここ数日の間、私たちを騒がした神様は光と共に去っていったのだった。
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崎原 一研

エキゾチック:
外国の雰囲気・情緒のあるさま。異国的。
外国の人から見れば日本も外国。

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