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GoodLack 05-02

GoodLack
11 /19 2012
 入鹿が羽塚の額に手を乗せ、目を閉じる。
「Ver.1.0.2、インストール開始」
 そう、一言二言呟くと触れた指先が静かに発光を始めた。光量の強すぎない淡い光で、それはカーテンの隙間から差し込む陽光に混ざり合い、優しく部屋に染み込む。光に包まれながら、行われる行為は、儀式めいたもので神聖なもののように思えた。
 光は数秒で収束した。羽塚の額に添えられた手がゆっくりと離れていく。
「『希望ノ羽』のアップデートを行いました。後付けで心苦しいのですが、次回以降からの『希望ノ羽』の排熱効率が改善されたものとなります」
 入鹿の声で我に返り、自分がその姿に見惚れてしまっていることに気づく。
「私がいる間に羽塚さんが目を覚まさないかもしれませんので、これから言う注意事項をお伝えしていただけますか?」
 浮かべる控えめな微笑みには、少し疲れが見えた。浅いくまができている。
「改善はされましたが、比較的に、です。過度の使用には注意をしてください。テストケースとしてデータの取得も兼ねての使用許可ではありますが、あまり意識しすぎることはありません。希望さん、あなたを守るために使用するように、と」
 入鹿は後ろで傍観していた私の方を振り返り、お願い致しますと頭を下げる。
 伝えるべき内容が、「私を守れ」ということなので、どこか照れ臭くも感じるが、入鹿の真剣な眼差しに促されるように首を縦に振った。
「うん、わかった。伝えとくわ」
 私の答えに満足したのか、入鹿はより明るい微笑みを見せる。
 やはり華やかだ。気品があり、それでいて親しみがわく。その笑みが他意のない純粋なものであるからなのだろうか。同性でありながら憧れを感じる。天界で人気を博している理由がわかる。
 ふと、入鹿の顔から笑みが消えた。その唐突な変化に、私は入鹿の表情を見直す。
 その表情は真剣なものに変わっていた。入鹿は羽塚の隣から立ち上がり、部屋隅のデスクの椅子に腰掛けている私の手前まで、静かに歩み寄る。歩き姿も清楚で雰囲気があるなぁとどうでもいいことを思いつつ、寝ていない頭で漠然と見つめていた。
 そのまま整った動きで、入鹿はフローリングに膝を付き、その場に姿勢よく正座で座る。
 そして、膝の前に指を添え、前に屈む自然な流れで頭を下げ、額をフローリングに付けていた。
「え」
 こ、これは…
「この度は真に申し訳ございませんでした」
 土下座…だ。
 たしかに昨日、曽我部さんは入鹿が謝罪をしにくると言っていた。しかし、私がそれで想像していたのはもっと軽く、フランクなもの。菓子折りでも持って、笑いながら「はははごめーん!」ぐらいのものだと思っていた。いや、さすがそれはないか…。それは悟子が相手の場合だ。くそ!いつのまに私の中の謝罪テンプレートがあいつのものになってしまっていたんだ。たしかにそう友人と呼べるものは多くなかったが、あいつに毒される程とは…!
 そうだ。入鹿だったら…。世間のことをあまり知らず、あらゆる事に真面目で、全力な彼女であったら、今この場で、ここまで律儀で丁寧な謝罪を見せられるのは自然なことかもしれない。
 正直な気持ち、とても気まずい。入鹿は天界の最高責任者で、私はその天界の人間に危害を加えられた。確かに入鹿が謝罪をするのが筋であろう。だが、入鹿が特別何かをしたわけではない。むしろ一騎を止めてくれた。感謝こそすれ恨みはしない。それに短い期間ではあったが、私たちは対等に友人として過ごしたのだ。その友人にここまでの謝罪をされるというのは心苦しいものがあった。
 謝罪されることで想起される慌てる感情も、悲しむ感情も、今の今まで羽塚の看病に追われていて、想定なんてしていなかった。
 ただ目の前に、私の足元で天界の最高責任者であり、私の友人でもある入鹿が私に向かい、真摯に頭をつけ、謝罪している姿がある。
 落ち着かなかった。椅子から見下ろす形になっているのに気づき、私は慌てて立ち上がる。だがそれは必然的に更に下に見下ろすこととなる。私は反射的に床に座った。この高さなら…。入鹿と同じ姿勢となり、最適な目線で彼女を見ることができるだろう。そう思い、入鹿と同じように、対等に正座することにした。
 床に落ち着いたところで入鹿が静かに頭を上げる。私が所在無く慌てている間、入鹿はずっと頭を下げたままでいた。そして、一呼吸をおいて、静かに次の言葉をつなぐ。
「私はあなたを利用しました」
「へ?」
 思いもよらぬ言葉だった。更なる混乱。
 今、入鹿はなんと言ったのか?私を利用した?何のことだ?
 私はてっきり一騎たちのグループが私に危害を加えたことについての責任を取っての謝罪だけだと思っていたが…。それだけではないのか?
 駄目だ、頭が働かない。思い当たらない。
 私が口に手を当て、訳がわからないという顔をして考え込んでいるのを余所に、入鹿は言葉の続きを語る。
「今回の事件、私はあなたを囮として利用させていただきました。しかし、ここまでの危険に晒してしまうとは正直思ってもいませんでした。全て私のせいなのです。本当に申し訳なく思っています。そのことを信じていただくという方が無理なことであると承知しています…」
 入鹿は顔を伏せ、自省するように言葉を吐き出していく。その姿がひどく悲しく、哀れに思えて、
「ちょ、ちょっと待ってよ!全然話が飲み込めないんだけど!」
 声を出し、大きく身振りをして話を止める。入鹿が俯いていた顔をあげた際に視線が合った。入鹿は咄嗟に気まずそうに視線を逸らす。
「理由もろくにわからないのに謝られるのは釈然としないわ。あなたのペースで、言葉でいいから話して」
 私の言葉に入鹿は静かに息を吐き、覚悟を決めたように顔を上げる。私の目を真っ直ぐに見つめ、
「はい…。順を追ってお話いたします」
 そうして入鹿は語りだした。

 始まりは私の厄日から。
 あの大震災の後、この街はしばらく不安定になった。建物の崩壊、瓦礫の散乱、地面液状化などにより、都市機能は麻痺し、危険な場所が増えた。その影響で厄日を迎えることとなった人間が少なからず存在した。当然その人たちにも天界の天使が遣わされることとなる。そして、この街に降りた天使たちから『希望ノ羽』の利用申請が行われた。
 『希望ノ羽』は元々使用許可が下りないと言うことで天使たちの間で有名だった。なので、利用申請が行われること自体が滅多になかった。しかし、大震災の際にその『希望ノ羽』に使用許可が下りるという例外が発生した。そう、その例外が羽塚。
 もしかしたら自分にも使用許可が下りるかもしれないという期待感なのか、それとも単に不安定な状態のこの街での活動の保険としてなのか、あの私の厄日の後、通常よりも大幅に多くの『希望ノ羽』の利用申請が出されたのだ。
 別に利用申請を行われること自体に問題はない。問題は、その利用申請の偽装が行われたことだった。
 『希望ノ羽』が申請依頼に明記された人物とは異なる人物にダウンロードが行われる。さも厄日警護にあたる天使が必要と判断して正規申請を行い、ダウンロードをしたように見せた、名義を偽装してのダウンロードだった。
 当初、『希望ノ羽』が申請に明記された者以外に渡っているということを入鹿は気づいていなかった。
 『希望ノ羽』は強固に固められた使用制限故にダウンロードを行う人物を特に既定はしてしない。だれにダウンロードが行われたかということを特別意識してチェックしてはいなかったのだ。実際、ダウンロードが行われた座標も、警護で地上に降りた天使の任務地となっており、申請依頼に記入された人物以外がダウンロードを行ったなどと疑いさえしなかった。
 また、偽装ダウンロードが明らかにならなかったのは、ある慣習が要因となっている。地上で任務を終え、天界へと転送が行われる際に天使の個人データの取得が行われる。その際、『希望ノ羽』の所有情報が感知され、削除要請のアラートが出されるのだ。なので、『希望ノ羽』のダウンロードを行った者は天界へと転送される前に各自で削除を行っておくという天使たちの間での慣習。その慣習が悪く働き、申請された人物と違う者がダウンロードを行ったとしても感知することができなくなっていた。
 色々な要因が絡み、偽装ダウンロードが行われたということを入鹿は知ることができなかった。そして、偽装ダウンロードを行った者は天界へ帰還をせず、転送を利用しないのだ。その方法で『希望ノ羽』が人知れず、悪意ある者に所有され続けることとなっていた。
 このことを入鹿が知ることになったのは、偽装ダウンロードが行われているという事実が消え去ろうとしていた時だった。「なんか最近おもしろいアクセスが2、3あってさね」という開発者の言からやっとこのことに気づくことになった。
 しかし、不可解であった。偽装ダウンロードが行われたことに気がつかなかったのは、『希望ノ羽』に強固な使用制限がある故でもある。そもそも使用することができないのだから、ダウンロードを行う理由がない。その上、ダウンロード者を特定させないようにする必要性も感じられなかった。
 それでも、このような手間をかけ、行われた行動だ。その行動には意味があるはず。入鹿はそう考え、調査をすることを決めた。開発者に協力を仰ぎ、気乗りされないながらも実際にダウンロードを行った人物を特定してもらった。そこから自身のコネクションを利用し、その背後関係と詳細を調べ上げた。
 結果、偽装ダウンロードを行ったのは一人ではなく、複数であること。そして、あるグループに所属していることが判明した。そのグループは『特殊諜報部三課』。天界の中でも活動内容が公にされていない『訳あり』の組織であった。
 この組織の概要について、入鹿は詳しく知らない。伏せられていたのだ。
 それは入鹿と並び、権力を有する『元老院』の一人物の子飼いの組織であるためだった。この『特殊諜報部三課』は天界の組織図の一組織として存在はしているが天界の人間はほとんど認識していない。入鹿には「地上の調査、問題の解決」を行っている組織だと説明されてはいるが、その実態はひたすらに隠されている。実際の活動内容、その構成員の素性すらだ。

 天界には『元老院』という組織が存在している。
 入鹿は類まれなる能力故に神様として祀られ、高い権力を与えられていた。しかし、それは与えられた権力。入鹿に権力を与えた組織が存在しているということの表れであった。
 天界では能力で『神様』という権力者を決めるシステムがある。しかし、もしそのシステムの適用で、立場にふさわしくない人格の者が権力を持つことになってしまったら。横暴の限りを尽くすことになってしまったら。それはよろしい事態とは言えない。その事態に対して、抑止力として働く組織が『元老院』となる。『元老院』は複数の人間で構成されていて、一人一人の権力は神様である入鹿の持つ権力に及ばない。その人員の過半数の同意があれば、入鹿の権力をも上回ることができるのだ。
 言ってしまえば、入鹿はこの組織に審査される立場にある。最高の権力を有する『神様』として。そして、その審査の補助を名目として、入鹿が詳しく内情を知らされない『特殊諜報部三課』のような組織がいくつか存在しているのだ。
 
 偽装ダウンロードを行った集団を特定することはできた。
 入鹿には予感があった。わざわざダウンロード者を特定させないための偽装を行い、その背後にある組織を隠すという行為を取った。そこまでしてこのままで終わるわけがない。その次の行動を起こすだろうという予感。そして、『特殊諜報部三課』の取りまとめを行う人物が黒幕であるという直感。少なからずその人物と入鹿の間に因縁が存在していたのだ。
 だが、すぐに行動に移すことはできなかった。その性質故に『特殊諜報部三課』には迂闊に手が出せない。実際になにか大掛かりな行動を起こされたわけではない。それなのに目星をつけた元老院の人間に偽装ダウンロードのことを問い詰めたら、白を切られてしまうかもしれない。それに、その詰問を逆手に取られる可能性もある。「元老院に不満を持っているのでは?」と返されてしまえば、他の元老院の人間に不信感を与えてしまいかねない。
 訴え出るには動機も物証も不足している。
 なにかいい打開策はないのか。
 そう行き詰っていた時、根本へ戻ることとなる。

 そもそも犯行グループはこの偽装ダウンロードを以って何を行おうとしているのか?
 ダウンロードを行うからには使用を目的としているはず。しかし、どうやって使用制限を解除するのか?『希望ノ羽』を使用するには、元老院の過半数以上の認可、そして、入鹿の認可が必要になる。他に使用制限を解除する方法があるのか?
 そのことを開発者に尋ねてみると「あるんさ」とあっさりとした驚愕の答えを返された。どういうことだと更に問い詰めてみると「緊急稼動っていうのは浪漫さー」らしく、その使用制限を解除する方法を意気揚揚と語ったのだった。そして、その方法は『元老院』の人間、数人の力添えがあれば可能な方法であった。
 『希望ノ羽』の使用制限が解除できるという可能性があることはわかった。では、何を目的に『希望ノ羽』という強大な力を使用するのか。

 複数の『希望ノ羽』を利用した強大な力によるクーデター。
 しかし、仮にも天界での安定した地位を持つ者である。そのような強引な手段に出るとは考えにくい。他の手段を講じ、入鹿の権力をを剥奪を狙ってくる可能性の方が高いと考えた。ではその方法とは。
 敢えてこの偽装ダウンロードを悟らせ、罠をしかけているのか。それも言ってしまえば遠回しで効果が薄く感じる。
 もっと有効で根拠がある方法はないのか。
 それを考えるに現在の状況を整理する。偽装ダウンロードを行った者たちは街から出た気配はなく、一箇所に滞在を続けている。今は力を蓄えている段階であるのか、あの大震災の後から偽装ダウンロード以外には特に目立った動きを見せていない。『希望ノ羽』の数をそろえているのか、入鹿を誘っているのか。真の目的が読みきれない。『希望ノ羽』のダウンロード数からして、力によるクーデターの可能性が高くも感じられる。『希望ノ羽』が一定数集まり、使用制限解除の手立てができれば、この街から一斉に行動を起こす。そういう計画かもしれない。
 この街から?
 そのことに意味はあるのか。
 思い返す。偽装ダウンロードが始まったのは?大震災の後。それは羽塚が私の『鐘ヶ江希望の不幸の異常性』を報告した後である。
 入鹿は類まれなる予知の能力から権力を与えられ、神様へと祀り上げられた。その要因になったのは唯一無二である予知の能力を持つ者が入鹿一人だけだからである。
 だが、それが二人いるならば?システムとしては能力が上の者を神として迎えることになっている。しかし、現在の地上支援に手一杯な天界の事情故にどちらか一方の能力を余しておくことはしないだろう。私を『神様』として、権力を与え、『神様』として使い込む。そして、二分された権力は『元老院』を影で動きやすいものにする。あわよくば、私を傀儡とし影からの支配を行うということもできる。
 地上での不幸が天界へ行ったときの能力に比例する。その理論で言えば私は『神様』クラスの能力を有する可能性がある。
 私を殺し、『神様』として迎える。
 狙うのは私。
 そうだと仮定すれば、偽装ダウンロードを行った者がこの街に留まる理由、『希望ノ羽』をダウンロードを行う理由、その二つに説明がつく。
 私の護衛には、『希望ノ羽』を持つ羽塚がいる。羽塚は天界でもかなり腕が立つらしい。あの謙虚な男が自分で言うぐらいだ。実際信じられないほど羽塚は頑丈で強い。その上『希望ノ羽』も所持している。その羽塚を打倒するには、羽塚を倒し得る『希望ノ羽』を持った戦力をぶつけるしかない。だから犯行グループは『希望ノ羽』のダウンロードを行った。納得でき得る理由に思えた。
 私が『神様』に見合うだけの予知能力を持つかはわからない。だが、不確実ではあるが、入鹿を貶めることができる一つの方法。
 説明は着くが本当にそんなことが起こり得るのだろうか。天界の者は等しく地上の人間のために行動をする。その天界の人間が地上の人間を殺害する。私を天界に迎えるといっても100パーセントではない。命を奪うという行為、それを理不尽な不幸によって命を落とした者が行う。俄かには信じ難い。信じたくもない。
 入鹿は自分が考えすぎなのかとも思った。犯行グループの真の目的、これまで考えてきたものもあくまで仮定にすぎないのだ。

 入鹿自身を狙うか。私を狙うのか。
 それを確かめようと動いた。
「私か、あなたか。それを確かめようとしてあなたを危険に晒しました」
 入鹿は犯行グループに機会を与えた。
「本来ならあなたを守るべき立場にある者としてあるまじき行為です」
 入鹿が天界にいる間は、入鹿は私の不幸を監視することができる。犯行グループはそれを加味した上で戦力を整え、攻勢をかけるだろう。そのための『希望 ノ羽』のダウンロード、そのための地上潜伏であったはずだ。
 その入鹿が地上に降りる。
 入鹿の予知は強力すぎて、地上ではまともに使うことができない。
 そのため犯行グループの行動、計画が入鹿に読まれることがない。絶好の機会。当初用意しようと思っていた戦力には未だ届いていないかもしれないが、それも必要なくなる。かつ、入鹿が地上に降りることで羽塚は入鹿の護衛に回ることが予想できる。羽塚と私との距離が離れ、犯行グループは私を狙いやすくなる。その機会を入鹿は作り出したのだ。
 入鹿が犯行グループのことを探っているということを悟られた気配はない。休暇としてこの街に下りる。この機会に犯行グループは行動を起こしてくるだろう。それで入鹿を狙うのか、私を狙うのかはっきりする。
 実際に、犯行グループが行動を起こし、入鹿や私を襲ったとしても、こちらには『希望ノ羽』を持った羽塚がいた。相手の現状の戦力も把握できていた。それに行動を起こすのが突発的であったため、犯行グループの計画に穴が空くという可能性もある。今回をおいて他にない、この機会を活かしたいと計画が不完全な状態にあっても犯行グループは思うはずだ。不完全な計画であれば、どうとでもやりようはある。
 そして、入鹿がこの行動に踏み切ろうとした要因。
 犯行グループ、『特殊諜報部三課』には武田・K・一騎がいたのだ。
 
 入鹿がすぐにでも行動を起こしたかったのにはもう一つ理由があった。それは死に別れることとなった一騎がこの犯行グループに属していたということ。
 入鹿は信じられなかった。
 一騎は自分の恩人であり、憧れであった。
 その一騎がこの計画に関わっているということを。もしかしたら、犯行グループには別の目的があるのではないのかという疑念すら生まれる。入鹿がこの機会を用意してもなにも起こらないのではないかという楽観さえも。
 一騎がもし関わっていたとしてもきっとなにか事情があるはずだ。話をすれば、一騎は味方をしてくれる。そんな甘い考えが入鹿の中に存在していた。
「あの人がそんなことをするはずがない。と思い込んでいました…。私が彼を追い詰めていたというのに勝手なものですよね…」
 真実は違った。一騎は入鹿のために手を汚すという覚悟をしていた。そして、私を殺害する中心人物として行動していた。入鹿の前にも現れず、自分の任務をこなす。羽塚に匹敵する技量を持ち、羽塚を倒す切り札として。信じていたその人物が最大の敵として立ち塞がることとなった。

「私の見立てが甘かったのです。自惚れていました。それに…、一騎さんにもう一度会いたいという焦りも私情も存在していました…。そんな私情のためにあなたを危険に晒してしまったことを謝らなければなりません」
 事情は大体理解した。私を危険に晒したことを心から申し訳ないと思っていることも伝わってきた。しかし…
 なんだろうなぁ。
「加え、謝罪する立場でありながら、一騎さん、あの人を許して欲しいと思っていること…。それも謝らなければなりません」
 ああ、なんだって私の周りには。
「申し訳ございませんでした」
 その言葉と共に、入鹿は再度深々と頭を下げる。
 自己犠牲が達者な人物が多いのだろうか?

「許さないわよ」
 まあそれは自分もか。
「はい、許してもらえるとは思っていません…。ですが、あの人のことは本当に」
「そーじゃなくて」
 私は額に手を添え、頭を振る。
「あんたがなんでも自分で抱え込もうとしていることよ!」
 まったく説教できる立場にいるのだろうか私は。
「自分一人でなんでもできると思ってるの?今回の件が自分一人だけ悪いと思っているの?はあ…一騎さんの気持ちもわかっちゃうわね…」
 私の突然の説教に入鹿は呆気に取られている。
「私はあんたを許してあげてもいい。でも条件があるわ」
 言葉に入鹿ははっとしたように開いていた口を閉じ、提案を受け止めようと私の方に身を構え直す。
「一騎さんに守ってもらいなさい」
「はい、慎んで…、え?」
 何にでも従うと言う気概はよしとしよう。しかし、心配になるなぁ…この子は。
「別に一騎さんのことはあんまり怒っていないし、許さないわけじゃないわ。もう二度と命を狙わないって約束をしてもらえるなら、すぐにでも許すわ。あの人にもなんか私、説教しちゃったし、気持ちがわからないでもなかったしね」
「は、はい…伝えておきます。で、でも私もあの人もそんな簡単なことで許されてもいいのですか…?」
「そんなことって…。結構難しいのよねー、これ」
 人に素直に向き合う。そして、願う。一見簡単に見えるこのことができなかったから、今回の事件が大きく発展してしまったのではないか。と私は思っている。
「あの…私のことを思ってくれてるのはすごく嬉しいです。ですが、あなたのためになにか償いは…」
 まったく真面目すぎる子だわ…。
「んー…あのね?私って頑張ってる人が報われないのは嫌なの。だからあなたたちが幸せになれないっていうのは胸が痛むのよね。文字通り心苦しいってわけ。そうならないように。あなたが努力をしてくれればいい。それが私のためにする償いってわけにはならないかしら?」
 だからこそ。頑張っているあなただからこそ私は想う。

「ちゃんと言って、ちゃんと守ってもらって。幸せになりなさい。入鹿」
 柔らかな視線で、入鹿に優しく微笑んで見せた。

 それに対し入鹿は、戸惑いの中にありながらも、私の表情を見てその意図を汲み取ってくれたようだ。
 観念いたしましたというように息を吐き、首を横に振りながら顔を下げる。
 そして、次には顔を上げ、
「はい、努力いたします」
 満面の笑みで以って私の提案に応えてくれることを約束したのだった。
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崎原 一研

エキゾチック:
外国の雰囲気・情緒のあるさま。異国的。
外国の人から見れば日本も外国。

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