CrossConnection 03-03

CC
08 /17 2017
 屋根を伝い、ナインとノアは慎重に移動する。
 家屋の上は、夜の闇と相まって街路からナインたちの姿を見つけるのは難しいだろう。逃走には好ましい状況ではあるが、闇夜という条件はナインたちにも制約をかける。屋根の上の足場には、街の光が届かない。加え、現在月は翳っている。幸い、月を遮る雲は厚くなく、幾分かの明かりはある。
 しかし、不安定な環境に相違はない。
 そんな場所をナインは記憶を頼りに進んでいく。

 ……雑用の経験も活きるもんだな。
 ナインが本業の合間にしていた雑用。屋根修理での経験がナインたちの進路の助けになる。その構造を知っているのと知らないのとでは進行速度に違いが出る。
「そこ、気をつけろよ」
 ノアが足を踏み外さないように、繋いだ手に力を込める。
 ナインは経験と持ち前の身軽さで足元の暗闇を補うが、ノアは違う。全く未知の領域だろう。あまり大きな音を立てないように、ノアに危険が及ばないように心ばかり慎重に進む。
 あと少し進めば、裏通りに降りられる段差がある。そして、そこから目指すのは―――
 王都の外。

 《アイアンフェロー》の窓から抜け出し、少しの間ナインは屋根の上から追跡者と店主の様子を伺っていた。
 追跡者は確かに神殿騎士団。先頭に立つ人物には見覚えがあった。神殿騎士団副団長のセルヴェイン。神殿騎士団に三人存在する副団長の一人。トラヴィオン王国の要所警護を主に取り仕切る人物。
 捜索に駆り出されるというのは珍しい。
 確かに要人警護の任に当たっているのは見たことがある。
 しかし、要人誘拐の犯人捜索は畑違いだ。
 それに最初から要人誘拐の犯人として、ナインを探しに《アイアンフェロー》にやってきた。酒場前の大立ち回りの主犯としてではなくだ。加え、あの人数の割には、訪問が早すぎる。複数の場所を同時に探索するのではなく、ここに人数を集中させてきた。よほどの確証を持っての訪問なのだろう。
 極めつけは、騎士団の集団に紛れていた黒外套の男たち。
 神殿騎士団とノアを追う組織には繋がりがある。
 ……厄介なことになった。
 ナインは思う。
 ノアの依頼を達成するには王国を敵に回す必要がある。それが確定した。まだ神殿騎士団しか動いていないようだが、すぐに各所から追われることになるだろう。街の人間を一人罪人として、でっち上げるのも神殿騎士団なら容易い。酒場での周囲を巻き込んだ立ち回りも悪い方に働くだろう。正直頭を抱えたい状況である。
「んっ」
 それを力が籠ったノアの腕が制する。
 ……まったく世話の掛かる依頼人だ。

「降りるぞ」
 ノアは静かに頷く。数件の屋根を渡り歩き、《アイアンフェロー》を挟んで反対側の通りに降りることのできる段差をナインはノアに先んじて降りて見せる。
「ほら、こい。外套の裾を引っかけないように注意しろよ」
 裏路地の片隅で、ナインはノアを受け止めるために両手を広げてみせる。
 頭を抱えている暇なんてない。ナインは決めたのだ。
 ノアは先程のナインの動きに倣い、両手足を使い、段差を数段下る。そして最後、少し高めの段差からナインに向かって、跳んだ。飛び込んでくるノアの身体を、ナインはしっかりと受け止めた。
 ノアの望みを叶える。そのために――― 王都から出る。
 その進路を取っていた。

 王都は夜にも関わらず、騒がしかった。
 少し前までは、祭りの後を引く騒ぎだったが、今は酒場で起こった小火への対応。そして、その中核となった人物を確保するための動きで騒然としていた。
 陰から陰へとナインたちは先を急ぐ。
 伊達にこの街で荒事をこなしていたわけではない。こういう場合の逃げ方をナインは心得ていた。そして―――
 王都からの抜け出し方も。

 トラヴィオン王国には、地下水路が存在する。それは生活に使った水や雨水を排水するための下水道。
 王都で発生した下水はこの地下水路から王都の外へと排出される。地下水路には、街の至る所から下りることができ、人が歩くことができるスペースも存在する。
 しかし、この地下水路から王都の外へと出ることはできない。
 王都の外へと行くのは下水のみ。通路は王都の外へと繋がっていない。更に水路であっても流れる先には格子が設けられており、流れに乗って外に出ることは不可能だ。
 では、どうすれば王都の外へと抜け出すことができるのか。
 その道筋は、もう一つの地下道にある。
 トラヴィオン王国には、地下水路とは別に、王城から王都外へと続く一本の地下道が存在している。
 ナインはそれを有事の際に王族が王都から抜け出すための隠し通路なのだと当たりをつけている。
 そして、その隠し通路は、地下水路に接する箇所が存在した。地下水路からその隠し通路に侵入することができるのだ。
 巧妙にカモフラージュが施してあり、薄暗い地下水路では、見つけることが極めて困難な通用口。その存在を、ナインは街の雑用で地下水路に下りた時に見つけていたのだ。それは全くの偶然だったが、ナインはその隠し通路を、本業で王都から出入りする時などに秘密裏に使用していた。
 ナインが最初に隠し通路に侵入した時、その内部は全く使用されている形跡はなかった。
 トラヴィオン王国は建国されて長い。そして、トラヴィオン王国は大陸の中でも強大な国。建国の際には周辺諸国との騒乱があったが、その後順調に勢力を広げ、強大な国として君臨し続けた。先の帝国との戦争でも王都まで攻め入られることは終ぞなかった。王国は建国時の騒乱以降危機に瀕した場面はない。有事の際に作られたこの隠し通路は、その有事に瀕することがなかったため、忘れ去られた産物となっていたのだ。
 隠し通路は、侵入口は何箇所か存在するようだったが、基本的な構造は一本道だ。通路を辿れば、王都の外へと出ることができる。老朽化により、崩落していた箇所もあったが、大きな崩落ではなかったので、その箇所はナイン自ら修復を行った。もちろんそれを知る者はいない。文字通りの隠し通路となっている。

 その隠し通路へと至るため、ナインたちは街を駆けていた。
 まだ、地下水路へは潜らない。地下水路には、光がない。
 移動するためには、灯りともす必要がある。もしその状態で捜索隊に遭遇すれば即刻見つかってしまう。地下水路は隠れることができる場所だ。そこから王国の外へと抜けられるのを知らないからといって捜索の手が伸びないとも限らない。
 だから、地下水路に入るのはなるべく目的の地点の近くにしておきたい。
 隠し通路の入り口近くに下りられる目的のポイントは、城門からほど遠い。捜索隊の包囲網に引っかかることなく、ナインたちは目的地近くまで来ていた。

「あーあ、面倒なこった」
 人の声に反応して、ナインたちは建物の陰に留まり、息を潜める。目的のポイントは声の主のすぐ隣だ。ナインは息を殺し、声の主の様子を窺う。そこにはナインの見知った顔があった。
「教か……」
「運良く目標のナインくんと要人さんが出てこないものかねー。ちゃちゃっと捕縛して神殿騎士団のとこに連れて行くんだけどなー」
「っ……」
 ナインは出しかけた言葉を堪える。そこにいるのは、スパーソン教官。聖歌騎士団の団員を鍛える立場にあり、王国の騎士団の一員。先程の言葉の通り、ナインたちは追われる者で、スパーソンは追う者。助けを求められる間柄ではないのだ。
 スパーソンは、煙草に火を点け、
「にしてもあの黒外套の集団は何様なのかねぇ。頭ごなしに神殿騎士団に命令しているみたいだけど、やっぱ国のお偉いさんにつながりがあるんだろうなー。仕切ってるのがセルヴェイン副団長だから第三王子になるのかな」
 独り言を続けた。
「まったく……末端はいいようにこき使われて辛いわ―。黒外套の人たちも十五人以上はいそうだし、自分たちで探しゃあいいのによ。それに何やら要人さんの居場所がある程度わかっているみたいだし、僕まで駆り出さなくてよくないかな」
 まったくこの人は……。
 ナインの口元には笑みが浮かんでいた。
「さあてね、さすがにこんなとこにナインくんは来ないだろう。ここから外に出られる所があるなんて僕ぐらいしか知らないだろうしね。異常なしと報告して、他のみんなと同じように正門裏門の監視にでもいくかなーっと」
 スパーソンは煙草の煙を吐き、ナインたちの隠れる物陰へと視線を向ける。
「まあどっちにしても、元教え子を捕まえる立場にはなりたくないものだね」
 そう呟くと煙草を加え、ナインたちが隠れる物陰とは反対方向へと歩いて行った。
 スパーソンがその場を立ち去り、少し間をおいて、ナインたちは動き始める。ナインは先程までスパーソンがいた場所にしゃがみ、地下水路へと繋がる天蓋の隙間に腰から引き抜いた剣をねじ込む。天蓋はガコッと音を立てて外れ、その下には暗闇の空間へと続く階段が現れた。
「ノア、行くぞ」
 そう告げ、ナインは足を踏み出す。その時、後ろに控えていたノアがくいとナインの服の裾を引いた。
「あの人は……いい人?」
 そのノアの問いかけにナインは堪え切れず、
「ああそうだな。騎士団を辞めた今でも変わらず俺の教官だ」
 ふっと笑みを浮かべていた。
 情報をありがとうございます、スパーソン教官。
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CrossConnection 03-02

CC
08 /15 2017
「その子のことは知っているが、わからん」
 武器屋店主は腕を胸の前で組んだまま、堂々と言い放った。
「……どういう意味だよ」
「言ってる通りの意味だ」
 自信満々な態度にナインは反論する意志も失せ、
「じゃあ言ってる通りの意味として……知ってることを教えてくれ……」
 と要求をする。すると店主はバツが悪そうにぼりぼりと頬を掻き始めた。
「あー……まあ……その子はだな……」
「なに勿体ぶってんだよ……」
 ナインの半目での抗議に店主は一度咳払いをし、続きを述べる。
「その子はおまえの……」

《ドンドンドン》

 その娘の正体が明かされると言うその瞬間、乱暴に店の扉がノックされた。ナインは入り口を警戒して、ノアの手を取り、自身の元に引き寄せる。
「神殿騎士団の者だ!ドアを開けろ!」
 かけられた声にナインと店主は視線を合わせ、小声で囁き合う。
「……おまえなんかしたのか?」
 神殿騎士団の人間が来るのは意外だったが、可能性はあった。
「まあ、思い当たる節はあるな……。そもそも街の騎士団様が敵なのか味方なのかはっきりしてない」
 神殿騎士団は、トラヴィオン王都を守護することを責務とした騎士団。単に酒場前での大立ち回りの参考人として身柄を確保されるだけかもしれない。
「おい、早くしないか!」
 店主はナインの言葉を聞き、親指で頭上を示す。店主のサインにナインは頷きを返し、動きだした。
 酒場前では、騎士団の救援が得られた。しかし、それで騎士団全てがナインの味方であるとは言い難い。ゼブランスとティマは聖歌騎士団の人間だ。今来ているのは神殿騎士団。所属が違えば、指揮系統も違うはずだ。それに聖歌騎士団の元後輩二人は、偶然あの場に居合わせて独自の判断でナインを救援していたという可能性がある。
 扉を叩く音が一層大きくなった。扉を開けようとガタガタと音が響く。
 ナインはノアの手を引き、足音を潜めカウンターの隣にある階段から二階へと上がる。
 神殿騎士団の人間が、すぐに突入してこないのは、ナインが店に帰ってきた時に扉の鍵をかけていたからだ。
「はいはい!今出ますよっと!!」
 ナインは階段を上がりきる前に、店主に一つ頭を下げる。そのまま二階へと上がろうとした時、
「ちょっと待て!……ってくださいよっと!!」
 店主の言葉にナインは足を止める。言葉端は外のお客に対して取り繕ってはいたが、自分に対しての言葉だと認識した。
 店主はカウンターの引き出しを開け、ある物を取り出す。それをそのまま頭上の階段にいるナインへと放り投げた。優しくないトスにナインは階段から身を乗り出してそれを受け取る。
「これは……」
 受け取ったのは短剣。それも専用の鞘に収まった対話兵装だった。
 ナインの疑問を孕んだ視線に対して、店主は顎を軽く上げ、さっさといけと促した。
 すぐに戻ってきて、ノアのことを教えてもらう。
 そう意志を込めてナインは店主をにらみ返したが、店主はニヤリと口端に笑みを浮かべただけで扉の方へと向かう。
 普段はこんなことしねぇだろ……
 そう言いたくなる気持ちを渡された短剣を握りしめることで抑え、ナインは階段を上がった。


「こちとらもう店閉めてんだがな」
 店の扉を開け、店主は訪問者に苦言を吐く。
「ナイン、ナイン=エルハガルはいるか!?」
 訪問者は集団。先頭に立つ男が店主に怒鳴りつける。
「ナインならまだ帰ってきてねーぞ。あいつが何か?」
 店主は肩を竦めて、ついさっきあった出来事をすっとぼけて見せる。
 店主の前に立つ面々はトラヴィオン王国神殿騎士団の鎧を着込んでいる。言葉通り神殿騎士団から訪問者だった。しかし、訪問者全員がそうというわけではない。十ほどいる集団の中に見慣れぬ黒が混ざっていた。
「ナインには、要人誘拐の嫌疑がかかっている」
「へぇ……『要人』ねぇ……。それは一体どういう方で?」
「おまえが知る必要はない」
 『要人』と呼ばれるあの少女。店主にその認識は存在しない。自分の認識と合致しないあの少女。

 ―――やはり。
 店主は思う。

「中を改めさせてもらうぞ」
「へいへい。手荒にして商品を傷つけないでくれよ」
 店になだれ込む鎧の集団。店の中には所狭しと商品である武器が並べてある。それを避けながら押し入るには、着込んだ鎧と集団行動は向いていないようで神殿騎士団の面々は右往左往していた。
 まったく、我ながらひどいレイアウトだな……。
 店の商品を乱暴に押しのけて行こうにも物量が邪魔をする。店内の探索は速やかには進まないだろう。正に武器の防護柵といったところだ。
 特に二階への階段はそれが極まる。商品としての陳列を考えなくていいからと言って乱雑に押し込まれている。そんなところを器用に上り下りするナインに店主は感心を覚える。
 時間は十分か。
 二階のナインの部屋からは、窓から屋根伝いに外に出ることができる。屋根を伝って少し離れた通りに降り立てば、神殿騎士団の者に見つからずに包囲から逃れることができる。
 屋根の上故に足場が悪く、ノアが遅れずについて行けるかが難点ではあるが、夜の闇が二人の姿を隠すだろう。
 十分に勿体つけて、店の扉は開けた。
 ナイン一人であれば気にも留めないが、今はあの子もいる。まあ心ばかりのフォローはしてやろう。
「いないだと?もっとよく探せ!」
 捜索状況の報告を受けた指揮官が檄を上げる。
「なんだぁ?うちには来てないってさっき言っただろう?いい加減別のとこいってくれや」
 指揮官が店主をギロリと睨み、歩調強く歩み寄る。
「貴様ぁ!隠し盾すると王国お抱えの対話兵装技師だとしても容赦せんぞ、トフィン=ケッセルリング!!」
 剣幕激しく、吠え立てる。
「たしかな根拠でもあるんですかい?神殿騎士団副団長セルヴェインどの?」
 ナイン捕縛を命受けて来ていたのは、神殿騎士団の中でも高位に当たる人物。その者が直々に保護しにくるノアという少女。

  ―――あの子は『要人』なんて大したもんじゃねぇよ。

 店主は態度には出さないが、内心強く自分を押し殺していた。
 あの子を助けたい。あの少女を――― 過去と同じ目には合わせられない。
 挑発的な態度のまま、店主は神殿騎士団副団長を睨み返す。
 交錯は数秒を要したものの、激突には発展しなかった。神殿騎士団副団長は指揮官としての職務に戻る。
「捜索の場所を変える……。一人はここの監視に残れ!一人は戻り、あの女の指示を仰げ!」
 神殿騎士団副団長は踵を返し、
「店主、失礼をした。貴殿は王国には必要な人材だ。この度のことは平にご容赦願いたい」
 と言葉を残し、店を後にする。それに遅れて店内で捜索を行っていた団員が続く。黒外套の者も併せて引き上げて行った。


 店に一人残った店主が呟く。
「まったく……散らかしてくれやがって」
 ナインたちを捜索するため、神殿騎士団の面々は店内に並べてある商品を片っ端からひっくり返していった。まるで嵐が来て、去ったかのような惨状だ。

「さぁてねぇ……」
 店主は次の行動を想い、息をつく。
 ただそれは店の片付けの段取りを想うものではなく、ナインたちの行く末を案じてのものだった。
「うまくエスコートできているもんかね……」
 ナインならうまくやれる。それだけの技量、度量を自分の親友の子は持ち合わせている。
  ―――だが、少々曰く付きだ。
 気になるところではあるが、そこはナインの、そしてノアにとっての問題だ。
「過去を取り戻せ……、ナイン」
 二人でこれからを模索すること。
 それがノアに、ナインにとって一番良いことだと店主は想っていた。

崎原 一研

エキゾチック:
外国の雰囲気・情緒のあるさま。異国的。
外国の人から見れば日本も外国。

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