CrossConnection 01-04

CC
07 /04 2013
「お疲れさん!助かったよ!」
 パン屋主人の満面の笑み。
「お代はいいから、好きなのを持っていきな!」
 主人の気前のよい発言にナインは武器屋のおやっさんへの土産のパンを選ぶ。
「また困ったことがあったら頼むよ!」
 パン屋の主人レドラの気楽な発言にため息をつきながら、
「次は本業の依頼を紹介してくれよ」
 あまり期待ができないとわかる忠告を返し、店を後にした。

 商業区の街路を歩きながら、ナインはパンを頬張る。
「やっぱうめぇな」
 本来の仕事とは異なる依頼を受けることも多いが、頼りにされているという感覚は悪いものではない。
 こうして役得な面もあることだしな。
 依頼料に加えて、パンまで持っていき放題とは気前のいいものだ。その上、ナインの仕事終わりに合わせて準備を行っていたのか、パンは焼きたてで香ばしい。パン屋主人の細かな心遣いにナインは感謝するとともに、おやっさんにもこの焼きたてのパンを食べさせてやりたい、と思い、ナインは帰路に着く。

 『アイアンフェロー』への帰り道、パンを食べながら歩いていると、
「せんぱーい!」
 聞き覚えのある声が聞こえてきた。声に気付き、ナインは人が行き交う街路を見渡す。呼びかけは通り正面からでナインはすぐにその人物を補足する。小柄な身体ながら人混みに埋もれてしまわないように大きく手を振り、右肩にまとめられた髪を揺らし、ナインに小走りに近づく少女。
「よう、久しぶりだな。ティマ」
「お久しぶりです!先輩!」
 ティマと呼ばれた少女はナインの目の前まで来て、立ち止まると未だ幼さの残る顔立ちに明るい愛らしい笑顔を見せた。
 ただ少女はその笑顔と幼さに見合わないものを身に纏っている。
「立派な騎士鎧じゃないか、うまくやっているようで安心したぞ」
 街中で大いに目立つ白の鎧。それはトラヴィオン王国騎士、聖歌騎士団の正式装備である。それを着用しているということはこの少女がその聖歌騎士団の一員であることを意味していた。
「皆さんのおかげです。…特に先輩にはたくさんお世話になりましたし…」
 ティマは照れながら、ナインに感謝の言葉を返す。身長差により下から覗き込む形となり、どこか小動物のような可愛らしさがある。
「おいおい、おれは別に何もやってないぞ?おまえ自身の力で聖歌騎士団の一員の座を勝ち取ったんだろ?その鎧はその証じゃないか」
 聖歌騎士団。入団条件には個人の素質が大きく関わる。その素質をティマは持ち合わせており、ティマはすんなりと聖歌騎士団に入団することができた。
 しかし、入団してから一人前の騎士として登用されるとなると話は異なってくる。敵を倒すための戦闘技術、過酷な戦場を戦い抜く精神力、国を背負うという覚悟。それらが高い水準で備わっていると判断された時、一人前の騎士であると認められ、鎧を与えられる。
 聖歌騎士団はその水準が他の騎士団よりも低く定められてはいるが、決して安易に満たせるものではない。少し気弱な一面を持ったこの少女の陰には大きな努力と苦節が存在していた。それをほんの一部分ではあるが、ナインは知り得ていた。
 この白の鎧にはそれほどの意味が詰まっている。
「それでも…!私は…先輩にすごく感謝しています…。なにもしてないなんて、全然そんなことありません!臆病な私に戦い方を教えてくれました…。落ち込んでいた時に声をかけてくれました!」
 普段は大人しいティマの強い主張にナインは目を丸くしていた。いつもよりも前に出てしまっている自分の姿に気づいて、ティマは顔を赤くして俯く。そして、所在なげに右肩に流れた後ろ髪を触りながら、消え入るような声でティマは続きをしゃべる。
「…そ、それにですね…、私の二刀にしても先輩のをお手本にして習得したものですし…ゼブ君との連携だって、先輩とアレクシア先輩のようにできたら…」
 ティマの口から出た人物の名前にナインは意図せず反応してしまう。ほんのわずかな機微でしかなかったが、それに気づいたのかティマは言葉を途中で止める。やや沈黙があり、ティマはナインの表情を窺いながら、
「あ、あの…先輩…今日は本当は…先輩に言伝があって、先輩を探していたんです…」
 ティマの言いにくそうな話の切り出しからナインは大体の内容を想像していた。
「言伝?誰からだ?」
 またか…。
 そのように思いながらも、ナインは平静を保ち言葉を返す。
「アレクシア先輩から…」
 ナインは隠しているつもりでいたが、その雰囲気をティマは感じ取っていた。
「…日の沈む頃に、橙蹟の丘で待っている、と」
 アレクシアからの言伝に対して、ナインは、
 そうか…。
 と一言だけ呟いた。

「先輩…もどってきませんか?」
 ティマはナインを先輩と呼ぶ。
 騎士である少女の先輩であるということは、ナインがかつて騎士であったことを示す。
「今更、戻れないさ」
 一年前にナインは騎士を辞めた。
「それにおれは…」
 ナインは『それ』を口にしようとしてやめる。
「対話兵装がうまく使えない人間が聖歌騎士団にいても邪魔だろ?」
「そんなことないです!先輩は対話兵装がなくても十分強いじゃないですか!?それにアレクシア先輩も戻ってきてほしいと思っているはずです!」
 この後輩はナインとアレクシアが一緒にいることを望む。
 どのような意図があってか。
 その意図がナインはわからないわけでもない。ただ…
 ナインの表情を見て、ティマは俯く。それから聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で呟くように口にする。
「アレクシア先輩…寂しそうなんです…」
 正直、意外だった。
 アレクシアがそのように思っていること。
 あの気丈な女騎士が後輩にそんな弱気な素振りを見せてしまっていること。
 そして…自分が騎士を辞めたことを未練に思っていること。
 ---ナインは何も言えなかった。

「おい、ティマ!いつまでほっつき歩いてるんだ」
 ナインの背後よりティマを呼びかける声がかけられる。その声の主はナインの傍らの少女と同様に白の鎧を身に纏っていた。
「あっ…ゼブ君…」
 ティマはまずいところを見られたという表情をする。その変化をゼブと呼ばれた青年は察知した。そして、傍らにいる人物に気づく。
 ゼブと呼ばれた青年は表情を変え、足早にティマへと近づき、その手を掴む。
「関わるなと言ったはずだ!」
 腕を強く引き、ティマをナインから引き離そうとする。
「ちょっと…待って…ゼブ君っ!」
 ティマはその手を振り払う。
 その反逆に対し、青年は威圧的な視線でティマを睨む。
「こんなの先輩に失礼だよ!ゼブ君だって、昔はあんなに先輩のこと慕っていて、お世話になったはずだよ!」
 二人の白騎士は往来の最中で睨み合いを始める。
 普段の二人を知る人物にとって、この光景は異様なものだ。二人は決して不仲ではない。共に背中を預けあい、支えあう間柄である。このように対立し合う姿をナインは過去にほんの数度しか見たことがなかった。
「よ、よう…ゼブランス。久しぶりだな」
 呼びかけにゼブランスと呼ばれた青年の矛先がナインへと移る。
「お久しぶりです。ナイン先輩」
 視線は険しいまま。溜めを作り、皮肉を込め、ゼブランスは挨拶を返す。
「ああ、そうだ…。もう先輩じゃあ、ありませんでしたね?」
「ゼブ君!!」
 ゼブランスの挑発するような発言にティマは叱責するように名を呼ぶ。
「ティマ!いい加減こいつに関わるのをやめろ!こいつは騎士団を逃げ出した臆病者なんだぞ!?」
「なんでそんな風に言うの!先輩は大怪我したんだよ!?起き上がれないような大きな火傷で生死の境を彷徨ったって…」
 ナインが騎士団を辞めた理由。その最大の理由として、一年前のエルシド砦での負傷にある。
「名誉の負傷だって、アレクシア先輩が言ってた!当時猛威を奮っていた敵対話者の対話兵装を破壊して無力化したのはナイン先輩の功績なんだって…、今脚光を浴びるべきなのは本当は…」
「ティマ!!!」
 ナインは大きな声をあげ、ティマに発言の静止を促す。
 今、ティマが口にしたこと。ナインの功績は公にはなっていない。アレクシアはナインの功績を国に主張した。確かにその功績は評価はされた。しかし、その功績を公にする必要はないと国は判断したのだ。
 アレクシアが敵対話者を仕留めた。それが事実。対話兵装を失い、茫然自失とした敵対話者をアレクシアは鹵獲した。過程がどうであれ、最終的に手を下したのはナインではない。
 アレクシアを人気取りとして利用する。
 国にはその思惑があった。故の秘匿。
 そのことをナインは認めている。敵対話者を無力化したのは自分だと主張する気もない。むしろこの状況をよかったとも思っている。
 ここで、この街中でその話が広まることをナインはよしとしない。
 そのことを察したのかティマはゼブランスに反論したい気持ちを抑え、口を噤み、目を伏せる。
「ゼブランスの言う通りだよ。おれは臆病者さ。大怪我をして、戦場に身を置くこと、…対話兵装を使うことが怖くなっちまった」
 ナインの告白にティマ、そしてゼブランスまでも言葉を発しない。
「ティマもあんまりおれに関わらない方がいい。対話兵装を使う騎士様が対話兵装が怖いなんて言うやつと一緒にいたら悪い影響が出かねないさ」
 ナインは冗談交じりに二人の後輩に笑って見せる。しかし…
 沈黙。
 ティマは悲しげな表情で俯き、しきりに自身の髪を撫でる。加え、ゼブランスまでも俯き、強く歯噛みしていた。
「わかっただろティマ…こいつはもう昔とは違うんだ…」
 絞り出すような声で発せられたゼブランスの言葉は落胆に満ちていた。
「行くぞ、ティマ…」
 再度、ゼブランスの引く腕には先程までの抵抗はなかった。
 ゼブランスに腕を引かれ、少し距離が離れた位置でティマはナインの方を振り返る。そして、縋るような声でナインに呼びかけた。
「先輩っ!約束…!アレクシア先輩と、会ってください!お願いします!!」
 通りから見えなくなるまで、ティマは何度もナインの方を振り返りながら歩いていた。その間、ゼブランスは一度も振り返ることはなかった。
 二人の後輩が見えなくなるまで、ナインはその場で立ち尽くしていた。
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崎原 一研

エキゾチック:
外国の雰囲気・情緒のあるさま。異国的。
外国の人から見れば日本も外国。

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