GoodLack 05-01

GoodLack
10 /14 2012
 羽塚が私のベッドで眠っている。
 私は瞳を閉じて静かに回想に浸る。
 昨日の夜は、激しかった。

 とめどなく上がっていく体温。
 剥ぎ取っていく衣服。
 荒々しい吐息。
 感じる相手の熱。
 私の名前をささやく彼の声。
 絡み合う手と手。

 そして今、羽塚の隣で私は…
 椅子に座って、呑気に眠っている羽塚の寝顔を眺めていた。
 別に同じベッドに寝ていたわけではない。むしろ私は眠ってなどいない。今の今まで羽塚の看病をしていた。

 とめどなく上がっていく羽塚の体温。それはもう只事じゃないぐらいに。
 汗で濡れて着替えさせなければならない衣服。身体も衣服も重く、とんだ重労働だ。
 荒々しい羽塚の呼吸。切れ切れでとてもとても苦しそうだ。
 額に手を当て感じる羽塚の熱。やべー下がらねぇ。
 うわ言のように私を呼ぶ声。そんなに呼ばれましても。
 ふらふらと伸びる羽塚の手を握り締める。はいはい、ここにいますから安心なさい。
 そんな具合で看病したり、慌てたり、心配させられたりと大変で激しい夜でした。

 私のベッドは羽塚に明け渡してある。看病で寝る暇もなく、椅子に力無く座っているのが現状。眠たい瞳で今は落ち着いた羽塚を恨めしげに見つめる。
「早く目を覚ましなさいよね…馬鹿…」
 恨み言の一つ、言っても罰は当たらないだろう。
 なにもせず、椅子に落ち着いていると意識が落ちそうだ。しかし、それは避けたいところだ。こいつが目を覚ますのをきちんと見届けたい。いつ容態が急変するとも限らないし。
 寝てしまわないよう何か別のことでも考えるか。
 
 昨日羽塚が倒れる前のこと…。


 一騎が膝を折り、自らの意志で止まった。
 入鹿が現れ、一騎の戦いの理由、それが覆された。
 過去に入鹿とした約束。守ることの出来なかったことに対する後悔。そして、再び入鹿を守る機会を与えられた。使命感、それ故の暴走。
 男は見失っていた。
 自分が本当に欲しかったものは何か。
 言ってもらえればよかったのだ。この女性からたった一言。
 『私を守って』と。
 それが彼が真に求めていたこと。

 羽塚の姿を見据える。
 気持ちを胸に落とす。
 私も伝えよう。態度に表して。
 手を羽塚へと伸ばそうとしたその時、羽塚の身体が一段、がくりと落ちる。
「はづかっ!?」
 『希望ノ羽』の灯は消えている。元々限界を超えていたのだ。『希望ノ羽』の支えを失った羽塚は膝を折り、バランスを崩し倒れそうになっていた。伸ばしかけていた手で羽塚の腕を引き、正面で倒れ掛かる身体を受け止める。
「あ、ありがとうございます…」
 偶然にも抱き合うような形だ。羽塚は寄りかかるように私に体重を預けている。もううまく力も入らないようだ。預けられる体重はかなり重い。しかし、その重さも今は誇らしい。
「私こそありがとう…そして、おつかれさま」
 感謝の言葉。それに続けて伝えたいこと。
「羽塚…私ね…」
 その言葉を口から出そうとした時、視界の端に人影が映った。人前であったことを思い出し、急に照れくさくなり、羽塚の身体を突き放す。今度は後ろに倒れそうになっていた。慌てて腕を取り、羽塚に肩を貸す。姿勢を安定させて、振り返ると更に数人倉庫に入ってきているところだった。服装は羽塚や入鹿が着ていたもの。天界の人間だろうか。一騎たちのグループはスーツで身を固めていたので、また別のグループであるようにも思える。どうなのだろうかと羽塚の方へ視線を送っていると、それに気づいた羽塚は軽く微笑み、
「大丈夫です。安心してください」
 と言った。

 倉庫に侵入してきた集団は羽塚によって倒された者たちを次々と拘束していく。たしかにその辺に転がしたままにしておくわけにはいかないよね…。それにしても随分と手際がいい。気絶した人間とは扱いが難しいものだ。事後処理に慣れているのが窺える。こういったことって案外多いのだろうか。
 作業が一段落したのか、一人の女性がこちらに歩み寄ってくる。
「この度は申し訳ございませんでした」
 会うなり一礼。クールで仕事ができそうな印象の女性だ。
「天界の者がとんだご迷惑をおかけしました。今後はこのようなことがないよう気をつけますので」
 丁寧な謝罪。たしかに迷惑はかけられたけど、見ず知らずの人間に丁寧に謝られるのはどこか落ち着かない。この人が悪いってわけでもないのに。
「い、いえ羽塚、いや羽塚くんが守ってくださったので、なんとかなりましたし…」
「そう言ってもらえると助かります。三橋の方からも改まって謝罪をさせますので何卒」
 言われて、いつのまにか入鹿がいなくなっていることに気づく。拘束されている人間の中に一騎もいない。
「あの…曽我部さん…?」
 唐突に隣から申し訳のなさそうな声を羽塚が出す。
「ん?どったの、羽塚くん?」
 羽塚に対するフランクな受け答え。クールな印象に合わせて、これまで丁寧な対応を見せていただけに少しギャップを感じる。顔の知った仲、はたまた同僚って間柄なのだろうか。
「後のこと、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「あら、弱音なんて珍しい。まあ今回は相手が相手だったし、仕方ないわね」
「ありがとうございま…す…」
 謝礼の言葉を最後に急に肩にかかる力が重くなる。そう気絶した人間の重さだ。声をかけるもやはり反応がない。私の肩からずり落ちる羽塚を、曽我部さんは半分支え、
「羽塚くん、ぐっじょぶ!」
 とやけにフランクな労いの言葉をかけた。

 それから。
 医術の心得があるらしい曽我部さんは羽塚を軽く診察をしていった。なるほど女医か。体温が高く、苦しそうに呼吸はしているが、命に別状はないらしい。今回は天界に転送してまで治療する必要もないらしく、家に連れ帰っていいらしい。
 帰りは曽我部さんともう一人の男性に同行してもらい、送ってもらった。
 そもそもどうやって帰ればいいのかわからなかったしありがたいことだ。気が付いたらここに拉致されていたのだし、羽塚をどうやって一人で家に運ぶのか想像も付かないところだった。こいつは見た目によらず重い。引き摺りながら帰って、どれだけかかるかわかったもんじゃない。
 なるほど。このことも含めて『後のこと』だったのかと一人羽塚の言動に感心していた。
 輸送手段は車。大型ワゴンでレンタカーらしい。
 天界と言うところはどうしてこんなちょっとしたところで私たちの幻想を打ち砕いてくれるのだろうか。まあ他のものと言われてもすぐには思いつかない。それにこれ以外だと逆に目立つだろう。あーとっても便利ー。
 同行してくれる若い男性が羽塚の上半身を持ち上げ、曽我部さんと私で足を一本ずつ持って、羽塚を後部座席に押し込み、帰路に着く。揺れる車体の中、羽塚の頭を膝の上に乗せ、支える。それでも羽塚は苦しそうに唸っていたので、本当に大丈夫なのかと助手席に乗る曽我部さんに尋ねると、『希望ノ羽』云々の話をされてよく理解できなかったが、一応大丈夫らしい。
 ただあまり『希望ノ羽』の行使しすぎはよろしくなかったらしく、その点を羽塚に注意しておけと言われた。加えて、『羽塚くんのことだからあんまり効果ないでしょうねー』と半ば笑われていたが。まあ、言い聞かせておくとしよう。

 アパートに到着し、羽塚を部屋へと運ぶ。共用階段を上がり、廊下を通る。日が落ちているとは言え、電灯はきっちり点いている。ご近所に見られなければいいのだけど…。
 無事、羽塚を私のベッドへと寝かせると、曽我部さんたちは、
「私たちは作業の続きがありますので」
 ということで、ここまで送ってくれたことへの感謝を伝える。
「いえいえ、まだ私たちがかけました迷惑の方が大きいですので…、三橋は明日にでも謝罪に来ると思います」
 入鹿とはうやむやのまま別れるのは嫌だ。話をする機会を与えてくれるのは正直嬉しい。曽我部さんは少し思案顔を見せた後、意を決して言葉を発する。
「迷惑をかけておいて厚かましいお願いだとは思いますが、三橋を嫌いにならないでやってください」
 その心配顔はまるで姉のような慈愛が感じられた。入鹿は愛されているのだな。
 そして、帰路に着く。その去り際、
「そうそう、弱ってる時の看病はかなりポイント高いですよ」
 と女の表情で教えてくれた。


 今思えば、本当に羽塚は大丈夫だったのだろうかとも感じられる。
 熱だって尋常じゃなかったし、呼吸も切れ切れ、私の献身的な看護がなければ正直この男は生き残っていないのではないか。
「こんなに大変ならいっそのこと引き取ってもらえばよかったかもねぇ…」
 今は落ち着いている羽塚の顔を眺める。
「あんたのことなのよ。聞いてんの…?」
 返事はない。しっかりと眠っているようだ。
 椅子のキャスターをごろごろと転がして、羽塚の近くに寄る。何度目かわからないが、額に手を触れ、軽く熱を計る。
 もう大丈夫そうだ。それにちゃんと寝ている。
 羽塚の寝顔を見つめる。口、そして唇。今は整った寝息を静かに吐き出している。
 あー…。
「しちゃおっかなー…キス…」
 その単語を口に出してみると急激に羽塚が愛おしく感じられてきた。
 今、しておかなければ次はないんじゃないかというような脅迫観念に襲われ始める。
 実際はそんなことはない…と思いたい。
 なんだろう。ものすごく…今、羽塚にキスがしたくなってきた。
「い、いいよね…?」
 返事は返ってこない。それも当たり前。羽塚は眠っているのだ。
「やっぱり実際に態度に表して接することが大事であって…それで…」
 誰に対して言い訳をしているのか、私は。
 ここには眠っている羽塚と私しかいない。

「する…わよ…?」
 髪を掻き揚げ、羽塚へと唇を近づける。
 吐息が感じられる距離。
 そして、あと少しで接触する。

 という瞬間。

<ピンポーン♪>

 唐突に鳴った呼び鈴に驚き、私は盛大に椅子をひっくり返したのだった。
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崎原 一研

エキゾチック:
外国の雰囲気・情緒のあるさま。異国的。
外国の人から見れば日本も外国。

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