GoodLack 03-06

GoodLack
09 /16 2011
「なにやってんだ!」

 叫びと共に体が動く。
 一足で間合いを詰め、腕を引き絞り、男の顔面に向かって拳を繰り出す。
「おっと」
 風を切って繰り出したその拳は、男を捉えることはなかった。
 首を軽く捻っただけで避けられていたのだ。
 次の瞬間、足を払われる。
 倒れそうになるも、足を踏み込み直し、後退しながら体勢を立て直した。
「なに、気絶させただけだ、そんなに怒ることではない。それより考えなしではないか?お嬢さんは私の手の内にあるんだぞ、今や生殺もこちらの裁量次第だ」
 言われて血の気が引く。この男の言うとおり希望さんを盾にされたら、自分はなにもできない。
「ははは!若いな、絶望が顔に出ているぞ」
 並の相手であるならば、相手になにか行動を起こされる前に、人質を救出してしまえるだけの技量は持っている。しかし、この男に関しては厳しいだろう。まったくと言っていいほど隙がない。
「何が目的だ!?」
 先程の軽い攻防の中でも、相手はかなりの技量を持っていることが窺い知れた。希望さんを人質に取られている現状、平穏無事に希望さんを救出できるとは言い切れない。強行突破を避けるため、相手の目的はなにか、何か打開策はないのかと探る。
「このお嬢さん、鐘ヶ江希望の殺害」
 目の前が真っ暗になりそうだ、それに耳を疑うような目的だ。三橋様から、この街に天界からよからぬ輩たち、数名が潜入していると聞いていた。しかし、その狙いがまさか、希望さんの殺害という。驚き、それもあるが不思議さが先に頭に浮かんでいた。そんなことをする理由がわからない。
「嘘をつくな!」
 相手の行動に、おかしな点もある。
「嘘じゃないさ」
 自分をこちらに引き付けておき、三橋様を狙う、といった狂言なのだろうか。
「じゃあなぜすぐに希望さんを殺さなかった!?」
 希望さんが自分から離れて、しばらく時間があった。その間、自分と合流する前に、この男は希望さんと出会っていたはずだ。希望さんを殺すのであれば、自分のいない間に、全てが終わってしまっていたなんてことになっていただろう。
「なかなか鋭いじゃないか。そうだな、単に手順があるのさ」
 男は片腕に支えていた希望さんの体を、近くの建物の壁にもたれさせる。希望さんは依然、意識を失ったままだ。
「手順?」
 そして、男は自分の正面に対峙し、持っていた竹刀袋の紐を解きだす。
「お嬢さんには自分の意志で死を選んでもらう」
 自然な動き、その最中においても、一部の隙も見せていない。
「待てよ!そんなことになんの意味があるんだ!?」
「なかなか知恵が立つと思ったが、買いかぶりだったか?あのお嬢さんは不幸だろう?それも特別に」
 男が袋から取り出したのは木刀だった。竹刀袋は、気絶したままの希望さんの方へと投げ捨てる。途端、いくつもの予知シーンが浮かび始める。そのどれもがあの木刀に打たれているシーンだった。
 ほんの数十秒後にはこの男と殴打の応酬をかわすのだ。
「優れた予知者『神様』として天界に迎えるのだよ」
 いつか聞いたことがあった。
 自身の命を他の為に差し出す行為を行い、死を迎えた場合、その魂は高貴なものとして昇華され、天界に生まれ変わった際に、より強い予知の能力を備えることができる。
 この男の言う通りに事が運んだら、希望さんは増幅された能力を持つことになり、『神』としてこの男たちに利用されることになるのだろうか。

「ふざけるな!」
 数十秒先の闘争。いや、もう、数十秒も待っていられない。
 今すぐに、この男を倒して希望さんを取り戻す!
「そんなことは、させない!」
 希望さんが今、自分のことをどう思っていても、あの時、生きていたいと言っていたのを信じている。

 流れ込んでくるシーンの間隔が早かった。それだけダメージを受けているということは、この男は、相当な力量を持っているのだろう。
 対等以上の力量を持った相手。
 そうであれば、自身が受ける被害に関する予知にフィルターをかけていた方がうまく戦える。

 普段は自身に対する害あること、護衛対象に対する害あることにはフィルターをかけない。この予知、天界の者が持つ予知は、デフォルトの状態では、自身を含め、近くの対象全ての、害あることを読み込んでしまう。それが戦っている相手でも、近くにいた名前も知らない他人であってでも、だ。その状態のままでいると、情報量が多く、自身や護衛対象に関わりがある情報を見逃してしまうことがある。そのため、必要な情報を逃さないために、フィルターを使用し、自身が敵と見なしている相手、自身に関わりのない他人に関する予知情報をカットしている。このフィルターは天界技術局で提案され、開発され、今や全ての天界の者が使用している。
 ここで自身に関する予知のフィルターをかけた方がよいと言うのは、その予知情報が格闘戦において、意味のないものであり、むしろ足を引っ張るものだからである。
 格闘戦闘の駆け引きの中、数十秒後のシーンが見えたとしても、その事象は自分が予知を見、意識した時点でほぼ起こることはない。数十秒後のそのシーンが起こる瞬間だけではなく、シーンを見たその次の瞬間からでも、その危機は回避することができ、回避したことになるからだ。

 また、目まぐるしく攻防が行われるその中で予知情報を気にしていたら、予知で見たよりも以前に攻撃を受けることになる。
 普通の生活の中で、被害を避ける際には、予知の見えた時間直前にそれを避けることをよしとする。これは、下手に動いて、その時間以前に被害をこうむる可能性を生まないためである。なので、そのシーンの瞬間までを準備時間とし、その瞬間になる直前に全力で避ける。
 極端な話だが、歩道に車が突っ込んできて、轢かれるシーンを見たとする。シーンを見た直後から動き出し、歩道は危ないので車道に避難する。もちろん、普通に来た車に轢かれることになるだろう。予知できる地点よりも前の被害であるので、そのシーンは予知として見れないままに起こってしまう。そして、歩道で轢かれるというシーンはなかったこととなるのだ。
 それが攻撃、被害の飛び交う格闘戦の中においても起こる。予知で見たシーンは、ほぼ起こらないことになるのだ。シーンを見て、そのシーンが起こるようにと、いくら平静を保って戦っていても、もう平静を保とうと思っている時点でそのシーンは起こらない。
 
 格闘戦闘において、予知が有効に働く場面というのは、被害を受ける可能性のない、技量が相当に劣った格下を相手にする際だけだ。そういう時に限り格闘戦時、突発的な出来事に対応するためにフィルターは外している。
 しかし、この男との戦闘ではフィルターをかける。予知が当てにならないということだけでない。そのままにしておけば、シーンを見ることのデメリットが表れてくるのだ。
 予知は軽傷、重傷問わず、そのシーンを見る。ほんの一瞬のシーンではあるが、刹那の戦闘の最中、そのシーンを見た瞬間、まるでそれが実際に起こったかのように錯覚するのだ。それは精神の集中を阻害し、戦闘に支障をきたす。なので、一瞬を争う相手と対峙する際には、予知にフィルターをかけておくことが当てにならない予知を読み取るよりも推奨される。
 ましてや相手は武器持ち。対武器となると腕でガードしたことでもダメージを受けたこととなり、余計に集中をかき乱されることになる。

 自身に関する予知に、フィルターをかけることを選択し、先程少し見えたシーンさえも無視して、相手に向かう。
 己の技量に自信はある。集中していれば、重傷を受けることはない。
 正眼の構えを取る男に、少し遠目から当身を振るう。男は刀を使うこともなく、足を使い、後ろに下がり避ける。
 そこに更に踏み込み、刀越しの顔面を拳で打ち抜く。
 それもあっさりと刀で払い、距離をとるべく後ろに下がる。
 距離を取らせまいと追撃を重ねる。
 男は、必要最低限の動作でそれらを受け流していく。
 それでも追撃を重ね、男の軸足に蹴りを入れる。入りは浅かったが、やはり武器相手には下段への攻撃が有効らしい。
 しかし、男はひるむことなく木刀を振り下ろす。
 身体を引いてかわすも、その隙に男に距離を稼がれた。
 攻防が途切れ、息をつく。どうやらこの男、あの連撃を捌き切ったこと、最後に蹴りが当たったことから推測するに、予知にフィルターをかけていると判断していいだろう。相手も自分の力量を認めているようだ。
 男は蹴られた足で地面を二、三度踏み込む。あまりダメージは与えられてないみたいだった。
「ふむ、怒涛の攻撃だな。だが、些か素直すぎる」
 先制を取られいても、余裕を見せた態度、これまでの動作を見るに、かなりの熟練者であることも見て取れる。有効打も与えられていない。だからといって、こちらが劣っているというわけでもない。

 再び、打って出る。
 まず足払いから有利な体勢を作る。男の足元に視線を移した瞬間、頭上に影ができているのに気づき、後ろに飛び退いた。
「下ばかり見てるなよ」
 鼻先を掠めていく木刀の切っ先。頭に直撃すれば、意識を刈り取るのに十分な勢いを有していた。
 斬り下ろしたそこから、返す刀で横腹を払われる。
 踏み込みが十分にされたその一撃はかわすことができず、腕で受け止める。ビシッと渇いた音が宙に響き渡る。きっちりガードしたというのに、骨に響く。
 たまらず身を引くが、休む間もなく、喉を狙い、突かれる。それを辛うじて、身を逸らして避ける。だが、体制を立て直す間もなく襲い来る次の一撃を、腕で受け止めるしかなかった。
 先程のお返しとばかりに攻めは続いた。なるべく避けようとするのだが、やはりいくつかはガードせざるを得ない打ち込みをしてきた。
 押し込まれ、元いた場所から大分離れた位置でやっと追撃から逃れることができた。
 自分が息をつく中、男は素知らぬ顔で、悠然と元いた位置へともどっていく。

 ガードに使った腕が痺れる。このまま受け続けていては、敗北に繋がるということは想像だにしやすい。素手と武器にここまでの差があろうとは。いや、それだけではないだろう。
 並の相手ならば、武器持ちであろうと同等以上の戦いはできる。技と技との合間に相手の間合いに踏み込み、武器の間合いを、反って邪魔にさせる戦い方、また、引きが遅れ、突出した武器を取り、それを奪う、あるいは破壊し、無力化するといった戦い方だ。体勢の整った状態で、一度でも読み勝つことができれば、その隙を見て、このような戦い方を行い、武器優位を覆せるはずなのだが、それができない、させてもらえない。
 技のつなぎの巧みさ、基本に忠実な剣裁き、正に手足の延長のように刀を操っている。
 加えて、読みの強さ。先程の一撃目にしても、完全に読みきった上での斬り下ろしであり、やられてばかりではないと、その攻防の反撃を繰り出そうとしたが、その都度に挫かれた。
 予知を使って、動きを読んでいるのかと錯覚するほど、二手、三手先を読んだ動きを差し込んでくる。しかし実際には、予知は使っていないだろう。そのような素振りはない。現実と予知とを混同させてしまう特有の動きは見せないし、自分だけを真っ直ぐに攻め立ててくるその姿は、あくまで自然そのもので、予知を使っているということはないだろう。
 相手の恐るべき実力に歯噛みしていると、男は元の位置で振り返り、再び正眼の位置に構えを取る。
「戦いとは、呼吸の読み合いだ。即ち、経験が活きるもの」
 圧倒的な劣勢。この男の言うとおり、経験にかなり差があるようだ。
「おまえそこまでの腕…何者だ?」
 自分はこれでも、師範代を任されるほどの腕前を持っている。いくら武器持ちが相手でも劣勢がすぎる。天界での修行、試合という枠組みの中では、やはり経験が不足しているのか、これほどの相手とは初めて対峙する。
「何、生前に刑事をやっていただけだ。そうだな…剣の腕に関してはなにかと二つ名を付けられていた気がするな」
 刑事。その職業では武術が奨励されていて、その中において、名の知れた人物。加えて、犯人逮捕の抗争など、実戦には恵まれるのだろう。ルールと言う枠がない実戦の中で育まれた技量。
「実力差は感じているようだな」
 自分もそれなりに実戦は積んできた。しかし、年季が違う。埋められない実力差があるようだ。
「お嬢さんのことは諦めないか?一度は終わった恋だろう」
 そうだ。希望さんとの恋、それは一度、断ち切られたことがある。死別という形で。
 始まってさえいなかったようなものだが、その時は悲しくて、悔しくて、自分がもっと強ければと思った。

「諦めきれるか!」
 別たれてから、ずっと再会できるのを待っていた。彼女を守りきれるように自分を磨いてきた。
 そう、彼女を守るために、力を振るう。
「『希望ノ羽』起動!」
 光子が身体を廻る。力が漲る。
 男はやれやれと言った風にため息をつき、ぼそりとなにか呟いた後に、改めて正眼の構えで相手を見据える。
「やれ、天界で再会すればいいと言うに」
 そんな確定事項のないことに、希望さんの命を賭けられない。
 死の苦しみも味わって欲しくない。
 なにより…喧嘩したような状態での別れは絶対に嫌だ!
 ならば、やるべきことはひとつ。

 あの男を…打ち倒す!

 『希望ノ羽』を使用し、瞬間的に加速する。技量はあちらが上だ。ならば、速度と力で圧倒するまで。
 力を増しているとはいえ、手加減はしない。対応できないような一撃を最短距離で繰り出す。
 速度は人間に反応できるものではない。
 力はガードなどできようものではない。

 確実に獲ったと思い、振るったその拳は男には当たらなかった。
「反応速度、筋力の向上、そして、重力コントロールを利用したありえない移動」
 正確には、届かなかったのだった。伸びきった腕は相手の鼻先で止まっていた。
「ほう、便利なものだな。この『希望ノ羽』というのは」
 男は元いた位置から、後ろにズレていた。

 次の瞬間、腹部にバキッという音と共に衝撃を受ける。『希望ノ羽』による筋力強化があっても、それは強烈なもので、立っていられない程の一撃だった。膝を折り、その場に跪き、体内から逆流してきた血混じりの吐しゃ物を吐き出す。
「ちっ、咄嗟の起動で武器強化までできなかったか」
 男は折れた木刀を見据え、そう悪態を吐く。
 ダメージよりも、今は理解ができない出来事で頭が混乱する。
 なぜ『希望ノ羽』を起動できている?ダウンロードされた形跡があったとは聞いていたが、ダウンロードは所持するだけ、神様からの承認がなければ、認証コードを手にすることができず、起動することはできないはずだ。
「不思議そうな顔だな?」
「なんで…おまえが…三橋様が承認を出しているはずが…」
「思い違いをするな。三橋様だけが承認を出しているわけじゃないだろう?」
 たしかに承認を出すのは、三橋様のみではない。三橋様を含める評議会での決定から承認が出される。ということは、三橋様と同等に位置する元老院の手が絡んでいるのか?承認書類を偽装して、認証コードを発信した人物がいるのか?
 ここでこの男の『目的』を思い出す。
 『優れた予知者として天界に迎える』。たしかな思惑が、この目的には隠されているように見えた。

「くっそぅ…負けられない…負けられるか…」
 ふらつく身体を必死に奮い立たせる。しかし、うまく言うことを聞かない。それでも顔を上げ、敵を睨み付ける。
 その瞬間、男の手が振り下ろされていた。
 木刀の柄で顎を打たれる。『希望ノ羽』で強化した一撃は、こちらも強化しているというのを忘れさせるぐらいに、容赦なく、意識を刈り取る。
「なに…刹那の別れだ」

 その場に倒れ伏す。
 希望さん…いやだ。離れたくない。
 意識を失い、眠る希望さんの方へ、縋る様に手を伸ばす。
 しかし、その手はなにもつかむことなく、地に落ちたのだった。
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崎原 一研

エキゾチック:
外国の雰囲気・情緒のあるさま。異国的。
外国の人から見れば日本も外国。

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