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GoodLack 05-04

GoodLack
12 /24 2012
 三橋様が光と共に消え、自然と希望さんの方を向く。それは希望さんも同じのようでソファに座る希望さんと瞳があっていた。
「お、おはようございます…」
 先程の黙って希望さんの話を聞いていた件もある。かける声が意識せず、弱いものになっていた。
 その言葉に対して、希望さんはなにも言わず、無表情でちょいちょいと軽い感じで手招きをしていた。それに従い、希望さんが座っているソファへと歩き、視線の高さを合わせるように膝をつく。その瞬間。
 希望さんが自分に抱きつく。
 ソファの手すりを乗り越え、脇の下に手を回し、胸に頭を埋めて。
 抱きしめる力は強く、存在を確かめ、感じているようだ。
 それに応え、自分も希望さんを抱きしめる。希望さんの身体が微かに震えているのが感じられ、一層強く抱きしめた。
 長くそのままで。二人とも言葉を発せず、静かな時間が過ぎた。
「あ、いたたたた!」
 背中に鋭い痛みが走る。
 昨日の打撲の痛みも少々あったが、それとは違う。背中の肉を抓まれた痛みだ。痛みを訴えるも、希望さんは自分の胸に顔を埋めたまま動かない。更に抓む力を強くするだけ。
 何かを訴えようとしているのか。
「あの…怒ってます?」
 自分の問いに希望さんは顔を埋めたまま頭を縦に動かす。
「先程黙って聞いていたことですかね?」
 問いかけに希望さんの首が一瞬縦に動きそうになっていたが、踏みとどまったようで首を横に振る。
「では…日記を読んでいたことで?」
 次の問いでは、数秒の間が空いた。その後問いかけられている状況を思い出したように、一度希望さんの頭がぴくりと動き、ぐりぐりと頭を押し付けながら首を横へ振る。抓む力は一層強くなった。
 いつもならすぐにでも怒りだすようなことを挙げていったのだが、希望さんが求めているのはそういうことではないみたいだ。
 こんな状況は初めてで正直戸惑う。
 本来ならば、抱きしめるという行為は喜ばしい感情からするものだ。怒っているのならば、突き放し、罵倒し、放置するのが普通だろう。それなのに今、希望さんは私を見るや否や一言も交わさず、強く自分を抱きしめながら、怒っている。
 この行動の矛盾。何か理由があるはず。
 ともすれば、この抱きしめるという行為の意味は。
 それは私の存在をしかと感じるためのものではないのか。
 そうであるならば、今希望さんが欲しいと思っている謝罪の言葉は…。
「心配かけて…すいませんでした…」
 自分はとことん鈍い男だと思う。
 希望さんは首を縦に振る代わりに、抓んでいた指を放し、一層強く、自分を抱きしめた。
 そうだ、希望さんは自分のことよりも他の人のことを優先する。それは感情においても同様で、別に自身のことで怒っていたのではなく、私の身を案じて怒ってくれていたのだ。自分をないがしろにすることのある私への怒り。希望さんはこれまでずっと私の身を案じてくれていたのだ。
 目の前にいる私が健在であるということへの安堵。そして、それが本当の感覚であるのか、失ってしまってはいないかという不安。それを抱きしめることで認識しようとしていたのだ。

 大切にされているのだなという幸福感。
 と共に、自分はそれに応えられているのかという不安感が今自分の中にある。
 今回の件であっても、希望さんは私に不満を感じていた。遊園地での拒絶を思い出してしまう。自分が希望さんの想いに素直に応えていなかったばかりにすれ違いが生じた。それを利用され、希望さんは決断を迫られていた。
 思い出してみると寒気がする。希望さんが私の助けを待たず、『神様』になることを認めていたらどうなっていただろう。この腕の中にある温もりはなくなっていたはずだ。
 しかし、希望さんは自分を信じてくれていた。苦難を一人で耐え、加えて私を助けようとして自らの身を危険に晒しまでしてくれた。

 これだけのことをしてくれて、こんなにも自分のことを想ってくれている人に自分はなにをすればいいだろうか。
 そうだ、応えなくてはならない。
 その想いは義務感などではなく、自分のうちから自然と溢れ出る感情故だ。
 この腕の中にある温もりをなくしたくない。そして、自分のものとしたい。
 
 希望さんの肩を掴み、抱きついていた身体を離す。正面から瞳を見据え、言葉を内に溜める。
 突然の行動に希望さんは驚いたような表情をする。その目尻には涙が浮かんで見えた。
 身体が勝手に動く。

 気づけば、希望さんの唇に口付けをしていた。
 ソファの肘掛けを乗り越え、希望さんの背を抱き、強引に引き寄せて。
 希望さんは初めは驚いたのか、身を強張らせていたが、次第に身を委ねてくれた。
 考えていた言葉も、順序も台無しだ。でも、身体が自然と動いてしまったのだから仕方がない。
 静かで、永遠とも錯覚してしまえそうな数秒の時の経過の後、ゆっくりと唇を離す。希望さんの唇が名残惜しそうにこちらに少しついて来て、引いた。
 希望さんは瞑っていた瞳を静かに開き、どうしたの?というようにこちらを見つめていた。
「好きです」
 思えば、自分から言ったことがなかった。
 いつもいっしょに居るからこそ、言わなくても伝わっているものだと思っていたし、自分から言うのはどこか恥ずかしくもあったから言えなかった。しかし、そんな態度が希望さんを不安にさせていたのだ。
 言わなければならない。伝えなければならない。
 自分の揺ぎ無い気持ちを。
「三橋様よりも、この世界の、天界の、他のどの誰よりもあなたが好きです」
 抱きとめていた腕を離し、希望さんの右手を自身の右手で取る。
「この身朽ち果てるまで、あなたをお守りさせてください」
 永遠の愛と、忠誠をここに誓おう。
 騎士が姫に忠誠を誓う儀式のように、その手の甲にそっと口付けをした。
 その光景を見て、希望さんは照れているのか俯いている。しかし、照れながらも口を開き、
「私も…」
 羽塚が好き。と応えてくれた。
 身に余る光栄であると、その言葉に感極まっている最中、俯いていた希望さんが上目遣いで自分を見つめていた。それに気づき、視線が合い、顔を真っ赤にしながら希望さんが呟く。
「もう一回…」
 言いよどんだ言葉でありながらも、ささやかな声量ながらもはっきりと聞こえた。
「ちゅー…して…」

 その視線と言葉に自分の中の引き金が引かれた。
 ソファの肘掛けを乗り越え、希望さんを押し倒す。
 反対側の肘掛けに希望さんの頭を乗る。その仰向けになった希望さんの頭の両隣に手をつき、覆いかぶさる。上から見下ろす自分と視線が合い、希望さんは自分の頭に両腕を回す。そして、首を一度縦に振った。
 
 今度の口付けは動物的な激しいものだった。
 先程の静かで大人しいものとは違う、お互いがお互いを求め合う本能的なもの。
 舌を絡ませ、下唇を食み、唾液を交える。自分ではないものを受け入れ、求め合う。
 唇の感覚、舌先に感じる快感、それに加え、相手を受け入れるという充足感が快楽へと変わり、次を、次をと求め続けた。まるで相手の唾液は媚薬のようで、その唇は禁断の果実のよう。
 呼吸をするのも忘れてしまうほどで、思い出したように唇と舌の絡みを解く。離れる際の口と口とに繋がる唾液が蠱惑的で淫靡だった。
 仰向けになっている希望さんの息が荒い。頬はほんのりと桜色に染まり、表情は快感にとろけきっていた。目は焦点があっていないのか、おぼろげになっている。それでも希望さんの口は、もっと…、もっと…と動いていた。
 もう一度。
 もう一度。
 酸素を求め、呼吸をする度に離れ、数秒の間をおいて再びお互いを求め合う。
 何度目かわからない交わりの後、首に回っていた希望さんの腕が解かれ、自分の右腕を握っていた。気づき、体重を左腕に移し、右腕を浮かせる。その右手は希望さんの手により導かれ、希望さんの左胸の上に乗せられた。その上から希望さんは手を重ねる。柔らかなふくらみが確かに右の手の平に感じられた。
「ねぇ、羽塚…」
 荒い呼吸の合間の湿り気のある呼びかけ。背筋がぞくりとするような甘ったるい囁き。
「一線…越えちゃわない…?」
 その魅惑的な囁きに。
 辛うじて、残っていた理性が、消し飛んだ。

 数時間が経った。
 体力が満足に回復していなかったのか、そのまま眠りに落ちていた。
 いつのまにかベッドに移ってきていて、隣では希望さんが眠っている。昨日は寝ずに自分を看病してくれていたのだ。疲れが溜まっていたのだろう。それに…。
 大分無茶をさせてしまったかなぁ…。
 おぼろげな記憶ながら確かな感覚が残っていた。
 左側で眠る希望さんの頭を右手で撫でる。眠ったままでありながら、柔らかく微笑んでいた。
 その表情を見て、この穏やかな寝顔を守っていきたい。そう決意を新たにする。
 暖房を点けたままにはしているが、季節は冬だ。肩の下まで下がってきていた布団を再度掛け直した。寒さで身体を壊すというのもあるが、そのままにしておくと、希望さんの胸元が見えて、自分を抑えられなくなりそうだったからだ。眠っているのを再度起こしてしまいかねない。
 布団を肩口まで上げると私が動いている気配を察したのか、希望さんの瞼がゆっくりと開かれる。
「起こしてしまいましたか?」
 目が合うや、希望さんの顔は真っ赤に染まり、ぐっと身を寄せ、胸元に顔を埋め、表情を隠す。
「あんたのせいでせっかくの有給が台無しよ…」
 照れ隠しを言う希望さんには悪いが、可愛いなと表情がほころんでしまう。
 寝起きの緩やかな時の流れの中、今、とても幸せな空気を感じる。それは彼女も同様だろうか。そうであってほしい。

 彼女は不幸だ。
 それは同情に値するほどのもので、今回の不幸でも命を脅かされる羽目になった。
 この体質のせいで彼女はこれまで辛い人生を歩んできた。
 だからこそ。
 彼女には幸せになってほしい。
 そのために自分は彼女を守る。

 しかし、考えようによっては不幸も悪いものじゃない。
 不幸な彼女だからこそ、自分は彼女の傍に居ることができる。今回の件だって、その不幸のおかげでより仲を深めることができた。
 不幸でも最後に幸せにしてあげればいいのだ。
 それをするのが自分の役目。
 彼女を守り通し、彼女を幸せにする。
 やり遂げてみせる、絶対に。
 そう、自分は希望さんに誓った。

「希望さん」
 自分の呼びかけに希望さんは埋めていた顔を上げる。まだ頬を赤く染めていたが幾分か落ち着いたようだ。
「あなたは私が幸せにしてみせます。これからも、ずっと…」
 そう言い、希望さんを抱き寄せる。
 対し、希望さんは自分を見つめる顔に笑みを携え、
「よろしくお願いするわ。私の天使兼、王子様」
 と応え、自分で言った言葉に照れて、再び私の胸に顔を埋めるのだった。
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GoodLack 05-03

GoodLack
12 /16 2012
「あの一言をいただいた時から私はあの人に惹かれていたんです」
 入鹿は胸に両手を当て、温かく大事な思い出を抱きしめるようにして言葉を紡ぐ。
「その後も私のことをことあるごとに気にかけてくださって…。本当に言ったとおりに守ってくれてとても幸せでした」
 彼女にとって、かなり昔のことのはずだ。それでもつい最近のことのように自然と微笑むことができる。
「忙しいはずなのに、仕事の合間にこっそりと様子を見にきてくださるんです。私に気を遣わせないように、遠くから。でも私…、目が見えない分、逆に感覚が鋭くなっちゃってる部分もあって、彼の息遣いや彼に染み付いた煙草の匂いから来てくれているんだなぁって感じることもありました。そういう時はわざと気づいてない振りをしていたんですよ?」
 おもしろいでしょう?と入鹿が問う。
「一騎さんは普段、自分からあまり物を言わない人なんですが、そこが渋いと言うか、不器用と言うか」
 幸せそうな表情、その口元は、
「ギャップ萌えなんでしょうかー?うふふふふー」
 完全に緩みきっていた。
 
 現在、私は入鹿から一騎さんの惚気話を聞かされていた。
 なんでこんな状況に陥っているかというと、発端は私の言葉からだった。
「あの無愛想な男のどこに惚れたの?」
 入鹿にあそこまで信頼されていて、憧れの対象のよう言われていた存在なのだが、私や羽塚と相対していた時の一騎さんは仕事を冷徹にこなすという印象の強い、無愛想な男だった。その男が普段どのような人間であるのか、何気なしに聞こうと思った言葉のつもりだったが、どうやらそれがいけなかったようだ。
 私がその言葉を入鹿に投げかけた瞬間だったと思う。あの大人しくて、いつでも優雅に緩やかに振舞いそうな入鹿が、俊敏な動きと勢いで私の両肩を掴んだのだ。
 開口一番。
「一騎さんはああ見えて、すごくいい人なんです!!」
 力の篭った言葉を告げられた。
 突発的な行動にも驚いたが、それよりも入鹿の顔が目の前に接近していることに焦った。
 入鹿は真っ直ぐに私の目を見つめていた。その瞳はとても純真で澄み切っていて、穢れないものだった。燦然と輝き、私に伝えてくる入鹿の意志はおそらく「語らせて」だろう…たぶん。
 私は察した。というか観念した。
 こういう人間には「やめろ」と言う言葉は通じないのだ。

 そして今、羽塚の眠っている隣の部屋で私たちは二人仲良くソファに並んで「私の好きなあの人!」なテーマでガールズトークを繰り広げていた。入鹿が一方的に。
 違うか、これじゃヒアリングガールか。

「少ししゃがれてますけど、落ち着いていて深く響く声…。ぞくぞくしちゃいますよねー」
 ああたしかにあの声には背筋がぞくりとする。恐怖でだけど。
「顔も今回初めて見たのですが、眼つきが鋭くて、とても力のある眼光で想像していた以上に素敵でした」
 いやあれに敵意を持って見つめられたら、まじ怖いですって。
「いやいやまあまあ。一騎さんがすごい素敵でかっこいいってことはわかったから」
「あと可愛いです。萌えです、萌え」
 それは褒め言葉なのか?一応三十代まではぎりぎりおっけーなのだろうか?しかし、あのベテラン刑事の体で三十代ってのにも驚いたけど。
 わかったから、と入鹿をなだめ、一息溜息をつく。
「あんたそんなに一騎さんのことを想っていたのなら、これまでの羽塚に対するアピールはなんなのよ?」
「アピールですか?」
「あの妙に羽塚を困惑させてた数々の行動のことよ」
 入鹿は視線を上に、顎に右手の人差し指を当て、んーっと考える動作をし、あっ、と言う声と共に胸の前でポンと拳で手の平を打つ。
「ああ!あれですねーうふふ。ほら羽塚さんってからかうと可愛らしい反応してくれるじゃないですかー。それがおもしろくってついー」
 考えなければ気づけないほどに日常化してしまっているのか。羽塚…かわいそうに…。地上に来てよかったね!と心の中で思う。
「いやでもあんた羽塚のこと好きだって言ってるからね?」
 その言葉は紛れもない事実だ。あれのせいで実際少し悩んだりもしたんだ。
「そうですねぇー…羽塚さんは可愛い弟みたいなものというか、弟として好きというか。私、羽塚さんが本当の弟だったらブラコンになってますよ、きっとー」
 私の悩みはまるっきり無駄だったと今ここに証明された。あんだけ悩んでいたのが馬鹿みたいに感じられる。大体この世間知らずの天然娘の好きだなんてあてにならないと気づくべきだった。
「弟のお嫁さんをいびる姉の気持ちというのをやってみたかったのでー、希望さんを所々からかってしまいましたーうふふふふー」
 って故意かよ!つーか弟の嫁をいじる姉の気持ちが体験したいってどんなマニアックなシチュエーションだよ!というかお嫁さんって!
 羽塚の…お嫁さん?

「あららー?うふふふふふ…」
 入鹿の表情が変わる。まるでおもしろいものを見つけた時のような猫だ。
 一瞬、自分が羽塚のお嫁さんになっている姿を想像してしまった。
 それを入鹿に見つかって顔が熱くなるのを感じる。まずい。恥ずかしさで他になにも考えられなくなりそうだ。
「いいですよねー?羽塚さん」
 私の顔を覗き込むようにして入鹿は問いかける。
 それに対して、えっ?だとかあっ!といった言葉しか咄嗟に出てこない。
「優しくって、頼もしくって。そしてどこか忠犬のような可愛さがあって」
 真っ赤になっているだろう顔を見られるのが恥ずかしくて、下唇を噛み、下を俯く。
「私の一騎さんへのお気持ちをお話致しましたので、次は私にも希望さんのお話をお聞かせくださいませんか?」
 話?は、羽塚の?
「羽塚さんとはどんな出会いだったんです?」
 入鹿が隣に座る私に押し寄せてくる。
「どういうところに惹かれたんですか?」
 俯き続ける私に続け、
「でも羽塚さん鈍感で大変じゃないですか?」
 更に続ける。
「どっちから告白したんですか?やっぱり羽塚さんから?」
 更に更に。止まらない。止まらない…。
「う…」
「う?」
「うにゃぁぁあああああ!!!」
 入鹿の責め苦に耐え切れなくなって反撃に出る。叫びと共に、言い寄ってきていた入鹿を勢いのままソファに押し倒す。
 ああ、もうわかった。わかったさ。
 そんなに聞きたいのなら聞かせてやる!
「あいつとの出会いは特に変哲もないものだったけど、意識し始めたのはあいつが初めて声をかけて来た時!気づいたらいつのまにか惹かれてて、どんなところに惹かれたかっていうと…やっぱり優しいところっていうか支えてくれるところっていうか!たしかに鈍感で大変だと思うことも、ありますけど!逆にそこが味になっているっていうか…。でも告白はしてもらいたいなぁって…、私はこんなに羽塚のこと好きなのにぃ!」
 はぁはぁと荒く息を吐き出す。入鹿に途中で何か言われたら恥ずかしくなって言葉を続けられなくなる。そう思って一気に言葉を続けた。勢いに任せてしまえばなんとかなるもんだ。

 ふふーんと入鹿に覆いかぶさった状態で勝ち誇っていた。その時、
「え、えーっと…呼びました?」
 突然横から声をかけられた。
 聞き覚えのある声に咄嗟に顔を挙げ、視線を送る。
 あ、やっぱり羽塚だー。
「ああぁぁー…」
 押し倒した入鹿の身体に顔を伏せる。
 き、聞かれてた?聞かれてたよね?一体いつから?
 というか羽塚が目を覚ましてる!?でも、あんなの聞かれてたらと思うと合わす顔がない!
「あ、あのそんな時から私のことを…!きょ、恐縮です!」
 さ、最初から聞いてるじゃないかー!
 あまりの恥ずかしさに更に深く顔を埋める。埋めているのは入鹿の胸だった。くそぅ!柔らかくてどんどん埋まりやがる!
 うあああ!と言った具合に入鹿の胸にぐりぐり頭を埋めていると入鹿の胸が小刻みに上下に揺れていた。

「ふふ…うふふふふ…あはははは!」
 入鹿がソファに仰向けになったまま笑い出す。
「あははははは!」
 その笑いは長く続いた。私と羽塚はその笑い声を呆然と聞いているだけだった。次第にその笑いも収束していき、
「はーっ…本当におもしろいですね、あなたたちは…」
 笑いで出た目尻の涙を指で拭いながら、入鹿は息をつく。
「私、あなたたちのところに来てよかったです」
 その言葉と共に入鹿の身体が柔らかく輝き出していた。
 一瞬戸惑いを覚えたが、この光には見覚えがある。この間の大震災の時、羽塚が天界へ帰る時に発していた光だ。

「帰るの?」
「はい。お世話になりました」
 私は入鹿の上から起き上がり、その手で入鹿を引き起こす。その際、壁に掛けられた時計が見えた。その針は丁度12の位置で合流しようというところだった。
「実はまだ大分仕事が残っているんです。でも、来た甲斐がありました。羽塚さんが無事なのも確認できましたし、お二人が一緒にいる姿を最後に見ることができました」
 入鹿の話を聞きながら、私はその両肩を軽くはたき、服装を整える。そのことに入鹿は軽く会釈をした。そして、言葉を続ける。
「私も一騎さんとあなた方のような関係になれるよう努力していこうと思います」
「約束、守りなさいよ」
 あの一騎さんと入鹿が、私と羽塚みたいな関係っていうのはいまいち想像できないが、まあ私たちの間に幸せのイメージが見えたのならそれはそれでよしとしよう。
「はい。慎んで」
 答え、入鹿は立ち上がる。歩き玄関の方へ静かに歩む。転送のための光はもうほぼ全身を埋めていた。玄関の前に到着したところで立ち止まり、こちらを振り向き、一礼をする。

「入鹿様!」
 入鹿が何か言葉を発するよりも前に羽塚が入鹿に声をかける。
「またいらしてください!…私たちの家に」
 私たちの家。
 羽塚の言葉に私は一度俯く。
 一息吐いて、入鹿をまっすぐに見据える。
「うん。またいらっしゃい」
 見送りの場面というのに、にやけ顔ではどうにも締まらないじゃないか。
「はい、またお邪魔させていただきます」
 再会を誓う言葉と華やかな微笑みを残し、ここ数日の間、私たちを騒がした神様は光と共に去っていったのだった。

GoodLack 05-02

GoodLack
11 /19 2012
 入鹿が羽塚の額に手を乗せ、目を閉じる。
「Ver.1.0.2、インストール開始」
 そう、一言二言呟くと触れた指先が静かに発光を始めた。光量の強すぎない淡い光で、それはカーテンの隙間から差し込む陽光に混ざり合い、優しく部屋に染み込む。光に包まれながら、行われる行為は、儀式めいたもので神聖なもののように思えた。
 光は数秒で収束した。羽塚の額に添えられた手がゆっくりと離れていく。
「『希望ノ羽』のアップデートを行いました。後付けで心苦しいのですが、次回以降からの『希望ノ羽』の排熱効率が改善されたものとなります」
 入鹿の声で我に返り、自分がその姿に見惚れてしまっていることに気づく。
「私がいる間に羽塚さんが目を覚まさないかもしれませんので、これから言う注意事項をお伝えしていただけますか?」
 浮かべる控えめな微笑みには、少し疲れが見えた。浅いくまができている。
「改善はされましたが、比較的に、です。過度の使用には注意をしてください。テストケースとしてデータの取得も兼ねての使用許可ではありますが、あまり意識しすぎることはありません。希望さん、あなたを守るために使用するように、と」
 入鹿は後ろで傍観していた私の方を振り返り、お願い致しますと頭を下げる。
 伝えるべき内容が、「私を守れ」ということなので、どこか照れ臭くも感じるが、入鹿の真剣な眼差しに促されるように首を縦に振った。
「うん、わかった。伝えとくわ」
 私の答えに満足したのか、入鹿はより明るい微笑みを見せる。
 やはり華やかだ。気品があり、それでいて親しみがわく。その笑みが他意のない純粋なものであるからなのだろうか。同性でありながら憧れを感じる。天界で人気を博している理由がわかる。
 ふと、入鹿の顔から笑みが消えた。その唐突な変化に、私は入鹿の表情を見直す。
 その表情は真剣なものに変わっていた。入鹿は羽塚の隣から立ち上がり、部屋隅のデスクの椅子に腰掛けている私の手前まで、静かに歩み寄る。歩き姿も清楚で雰囲気があるなぁとどうでもいいことを思いつつ、寝ていない頭で漠然と見つめていた。
 そのまま整った動きで、入鹿はフローリングに膝を付き、その場に姿勢よく正座で座る。
 そして、膝の前に指を添え、前に屈む自然な流れで頭を下げ、額をフローリングに付けていた。
「え」
 こ、これは…
「この度は真に申し訳ございませんでした」
 土下座…だ。
 たしかに昨日、曽我部さんは入鹿が謝罪をしにくると言っていた。しかし、私がそれで想像していたのはもっと軽く、フランクなもの。菓子折りでも持って、笑いながら「はははごめーん!」ぐらいのものだと思っていた。いや、さすがそれはないか…。それは悟子が相手の場合だ。くそ!いつのまに私の中の謝罪テンプレートがあいつのものになってしまっていたんだ。たしかにそう友人と呼べるものは多くなかったが、あいつに毒される程とは…!
 そうだ。入鹿だったら…。世間のことをあまり知らず、あらゆる事に真面目で、全力な彼女であったら、今この場で、ここまで律儀で丁寧な謝罪を見せられるのは自然なことかもしれない。
 正直な気持ち、とても気まずい。入鹿は天界の最高責任者で、私はその天界の人間に危害を加えられた。確かに入鹿が謝罪をするのが筋であろう。だが、入鹿が特別何かをしたわけではない。むしろ一騎を止めてくれた。感謝こそすれ恨みはしない。それに短い期間ではあったが、私たちは対等に友人として過ごしたのだ。その友人にここまでの謝罪をされるというのは心苦しいものがあった。
 謝罪されることで想起される慌てる感情も、悲しむ感情も、今の今まで羽塚の看病に追われていて、想定なんてしていなかった。
 ただ目の前に、私の足元で天界の最高責任者であり、私の友人でもある入鹿が私に向かい、真摯に頭をつけ、謝罪している姿がある。
 落ち着かなかった。椅子から見下ろす形になっているのに気づき、私は慌てて立ち上がる。だがそれは必然的に更に下に見下ろすこととなる。私は反射的に床に座った。この高さなら…。入鹿と同じ姿勢となり、最適な目線で彼女を見ることができるだろう。そう思い、入鹿と同じように、対等に正座することにした。
 床に落ち着いたところで入鹿が静かに頭を上げる。私が所在無く慌てている間、入鹿はずっと頭を下げたままでいた。そして、一呼吸をおいて、静かに次の言葉をつなぐ。
「私はあなたを利用しました」
「へ?」
 思いもよらぬ言葉だった。更なる混乱。
 今、入鹿はなんと言ったのか?私を利用した?何のことだ?
 私はてっきり一騎たちのグループが私に危害を加えたことについての責任を取っての謝罪だけだと思っていたが…。それだけではないのか?
 駄目だ、頭が働かない。思い当たらない。
 私が口に手を当て、訳がわからないという顔をして考え込んでいるのを余所に、入鹿は言葉の続きを語る。
「今回の事件、私はあなたを囮として利用させていただきました。しかし、ここまでの危険に晒してしまうとは正直思ってもいませんでした。全て私のせいなのです。本当に申し訳なく思っています。そのことを信じていただくという方が無理なことであると承知しています…」
 入鹿は顔を伏せ、自省するように言葉を吐き出していく。その姿がひどく悲しく、哀れに思えて、
「ちょ、ちょっと待ってよ!全然話が飲み込めないんだけど!」
 声を出し、大きく身振りをして話を止める。入鹿が俯いていた顔をあげた際に視線が合った。入鹿は咄嗟に気まずそうに視線を逸らす。
「理由もろくにわからないのに謝られるのは釈然としないわ。あなたのペースで、言葉でいいから話して」
 私の言葉に入鹿は静かに息を吐き、覚悟を決めたように顔を上げる。私の目を真っ直ぐに見つめ、
「はい…。順を追ってお話いたします」
 そうして入鹿は語りだした。

 始まりは私の厄日から。
 あの大震災の後、この街はしばらく不安定になった。建物の崩壊、瓦礫の散乱、地面液状化などにより、都市機能は麻痺し、危険な場所が増えた。その影響で厄日を迎えることとなった人間が少なからず存在した。当然その人たちにも天界の天使が遣わされることとなる。そして、この街に降りた天使たちから『希望ノ羽』の利用申請が行われた。
 『希望ノ羽』は元々使用許可が下りないと言うことで天使たちの間で有名だった。なので、利用申請が行われること自体が滅多になかった。しかし、大震災の際にその『希望ノ羽』に使用許可が下りるという例外が発生した。そう、その例外が羽塚。
 もしかしたら自分にも使用許可が下りるかもしれないという期待感なのか、それとも単に不安定な状態のこの街での活動の保険としてなのか、あの私の厄日の後、通常よりも大幅に多くの『希望ノ羽』の利用申請が出されたのだ。
 別に利用申請を行われること自体に問題はない。問題は、その利用申請の偽装が行われたことだった。
 『希望ノ羽』が申請依頼に明記された人物とは異なる人物にダウンロードが行われる。さも厄日警護にあたる天使が必要と判断して正規申請を行い、ダウンロードをしたように見せた、名義を偽装してのダウンロードだった。
 当初、『希望ノ羽』が申請に明記された者以外に渡っているということを入鹿は気づいていなかった。
 『希望ノ羽』は強固に固められた使用制限故にダウンロードを行う人物を特に既定はしてしない。だれにダウンロードが行われたかということを特別意識してチェックしてはいなかったのだ。実際、ダウンロードが行われた座標も、警護で地上に降りた天使の任務地となっており、申請依頼に記入された人物以外がダウンロードを行ったなどと疑いさえしなかった。
 また、偽装ダウンロードが明らかにならなかったのは、ある慣習が要因となっている。地上で任務を終え、天界へと転送が行われる際に天使の個人データの取得が行われる。その際、『希望ノ羽』の所有情報が感知され、削除要請のアラートが出されるのだ。なので、『希望ノ羽』のダウンロードを行った者は天界へと転送される前に各自で削除を行っておくという天使たちの間での慣習。その慣習が悪く働き、申請された人物と違う者がダウンロードを行ったとしても感知することができなくなっていた。
 色々な要因が絡み、偽装ダウンロードが行われたということを入鹿は知ることができなかった。そして、偽装ダウンロードを行った者は天界へ帰還をせず、転送を利用しないのだ。その方法で『希望ノ羽』が人知れず、悪意ある者に所有され続けることとなっていた。
 このことを入鹿が知ることになったのは、偽装ダウンロードが行われているという事実が消え去ろうとしていた時だった。「なんか最近おもしろいアクセスが2、3あってさね」という開発者の言からやっとこのことに気づくことになった。
 しかし、不可解であった。偽装ダウンロードが行われたことに気がつかなかったのは、『希望ノ羽』に強固な使用制限がある故でもある。そもそも使用することができないのだから、ダウンロードを行う理由がない。その上、ダウンロード者を特定させないようにする必要性も感じられなかった。
 それでも、このような手間をかけ、行われた行動だ。その行動には意味があるはず。入鹿はそう考え、調査をすることを決めた。開発者に協力を仰ぎ、気乗りされないながらも実際にダウンロードを行った人物を特定してもらった。そこから自身のコネクションを利用し、その背後関係と詳細を調べ上げた。
 結果、偽装ダウンロードを行ったのは一人ではなく、複数であること。そして、あるグループに所属していることが判明した。そのグループは『特殊諜報部三課』。天界の中でも活動内容が公にされていない『訳あり』の組織であった。
 この組織の概要について、入鹿は詳しく知らない。伏せられていたのだ。
 それは入鹿と並び、権力を有する『元老院』の一人物の子飼いの組織であるためだった。この『特殊諜報部三課』は天界の組織図の一組織として存在はしているが天界の人間はほとんど認識していない。入鹿には「地上の調査、問題の解決」を行っている組織だと説明されてはいるが、その実態はひたすらに隠されている。実際の活動内容、その構成員の素性すらだ。

 天界には『元老院』という組織が存在している。
 入鹿は類まれなる能力故に神様として祀られ、高い権力を与えられていた。しかし、それは与えられた権力。入鹿に権力を与えた組織が存在しているということの表れであった。
 天界では能力で『神様』という権力者を決めるシステムがある。しかし、もしそのシステムの適用で、立場にふさわしくない人格の者が権力を持つことになってしまったら。横暴の限りを尽くすことになってしまったら。それはよろしい事態とは言えない。その事態に対して、抑止力として働く組織が『元老院』となる。『元老院』は複数の人間で構成されていて、一人一人の権力は神様である入鹿の持つ権力に及ばない。その人員の過半数の同意があれば、入鹿の権力をも上回ることができるのだ。
 言ってしまえば、入鹿はこの組織に審査される立場にある。最高の権力を有する『神様』として。そして、その審査の補助を名目として、入鹿が詳しく内情を知らされない『特殊諜報部三課』のような組織がいくつか存在しているのだ。
 
 偽装ダウンロードを行った集団を特定することはできた。
 入鹿には予感があった。わざわざダウンロード者を特定させないための偽装を行い、その背後にある組織を隠すという行為を取った。そこまでしてこのままで終わるわけがない。その次の行動を起こすだろうという予感。そして、『特殊諜報部三課』の取りまとめを行う人物が黒幕であるという直感。少なからずその人物と入鹿の間に因縁が存在していたのだ。
 だが、すぐに行動に移すことはできなかった。その性質故に『特殊諜報部三課』には迂闊に手が出せない。実際になにか大掛かりな行動を起こされたわけではない。それなのに目星をつけた元老院の人間に偽装ダウンロードのことを問い詰めたら、白を切られてしまうかもしれない。それに、その詰問を逆手に取られる可能性もある。「元老院に不満を持っているのでは?」と返されてしまえば、他の元老院の人間に不信感を与えてしまいかねない。
 訴え出るには動機も物証も不足している。
 なにかいい打開策はないのか。
 そう行き詰っていた時、根本へ戻ることとなる。

 そもそも犯行グループはこの偽装ダウンロードを以って何を行おうとしているのか?
 ダウンロードを行うからには使用を目的としているはず。しかし、どうやって使用制限を解除するのか?『希望ノ羽』を使用するには、元老院の過半数以上の認可、そして、入鹿の認可が必要になる。他に使用制限を解除する方法があるのか?
 そのことを開発者に尋ねてみると「あるんさ」とあっさりとした驚愕の答えを返された。どういうことだと更に問い詰めてみると「緊急稼動っていうのは浪漫さー」らしく、その使用制限を解除する方法を意気揚揚と語ったのだった。そして、その方法は『元老院』の人間、数人の力添えがあれば可能な方法であった。
 『希望ノ羽』の使用制限が解除できるという可能性があることはわかった。では、何を目的に『希望ノ羽』という強大な力を使用するのか。

 複数の『希望ノ羽』を利用した強大な力によるクーデター。
 しかし、仮にも天界での安定した地位を持つ者である。そのような強引な手段に出るとは考えにくい。他の手段を講じ、入鹿の権力をを剥奪を狙ってくる可能性の方が高いと考えた。ではその方法とは。
 敢えてこの偽装ダウンロードを悟らせ、罠をしかけているのか。それも言ってしまえば遠回しで効果が薄く感じる。
 もっと有効で根拠がある方法はないのか。
 それを考えるに現在の状況を整理する。偽装ダウンロードを行った者たちは街から出た気配はなく、一箇所に滞在を続けている。今は力を蓄えている段階であるのか、あの大震災の後から偽装ダウンロード以外には特に目立った動きを見せていない。『希望ノ羽』の数をそろえているのか、入鹿を誘っているのか。真の目的が読みきれない。『希望ノ羽』のダウンロード数からして、力によるクーデターの可能性が高くも感じられる。『希望ノ羽』が一定数集まり、使用制限解除の手立てができれば、この街から一斉に行動を起こす。そういう計画かもしれない。
 この街から?
 そのことに意味はあるのか。
 思い返す。偽装ダウンロードが始まったのは?大震災の後。それは羽塚が私の『鐘ヶ江希望の不幸の異常性』を報告した後である。
 入鹿は類まれなる予知の能力から権力を与えられ、神様へと祀り上げられた。その要因になったのは唯一無二である予知の能力を持つ者が入鹿一人だけだからである。
 だが、それが二人いるならば?システムとしては能力が上の者を神として迎えることになっている。しかし、現在の地上支援に手一杯な天界の事情故にどちらか一方の能力を余しておくことはしないだろう。私を『神様』として、権力を与え、『神様』として使い込む。そして、二分された権力は『元老院』を影で動きやすいものにする。あわよくば、私を傀儡とし影からの支配を行うということもできる。
 地上での不幸が天界へ行ったときの能力に比例する。その理論で言えば私は『神様』クラスの能力を有する可能性がある。
 私を殺し、『神様』として迎える。
 狙うのは私。
 そうだと仮定すれば、偽装ダウンロードを行った者がこの街に留まる理由、『希望ノ羽』をダウンロードを行う理由、その二つに説明がつく。
 私の護衛には、『希望ノ羽』を持つ羽塚がいる。羽塚は天界でもかなり腕が立つらしい。あの謙虚な男が自分で言うぐらいだ。実際信じられないほど羽塚は頑丈で強い。その上『希望ノ羽』も所持している。その羽塚を打倒するには、羽塚を倒し得る『希望ノ羽』を持った戦力をぶつけるしかない。だから犯行グループは『希望ノ羽』のダウンロードを行った。納得でき得る理由に思えた。
 私が『神様』に見合うだけの予知能力を持つかはわからない。だが、不確実ではあるが、入鹿を貶めることができる一つの方法。
 説明は着くが本当にそんなことが起こり得るのだろうか。天界の者は等しく地上の人間のために行動をする。その天界の人間が地上の人間を殺害する。私を天界に迎えるといっても100パーセントではない。命を奪うという行為、それを理不尽な不幸によって命を落とした者が行う。俄かには信じ難い。信じたくもない。
 入鹿は自分が考えすぎなのかとも思った。犯行グループの真の目的、これまで考えてきたものもあくまで仮定にすぎないのだ。

 入鹿自身を狙うか。私を狙うのか。
 それを確かめようと動いた。
「私か、あなたか。それを確かめようとしてあなたを危険に晒しました」
 入鹿は犯行グループに機会を与えた。
「本来ならあなたを守るべき立場にある者としてあるまじき行為です」
 入鹿が天界にいる間は、入鹿は私の不幸を監視することができる。犯行グループはそれを加味した上で戦力を整え、攻勢をかけるだろう。そのための『希望 ノ羽』のダウンロード、そのための地上潜伏であったはずだ。
 その入鹿が地上に降りる。
 入鹿の予知は強力すぎて、地上ではまともに使うことができない。
 そのため犯行グループの行動、計画が入鹿に読まれることがない。絶好の機会。当初用意しようと思っていた戦力には未だ届いていないかもしれないが、それも必要なくなる。かつ、入鹿が地上に降りることで羽塚は入鹿の護衛に回ることが予想できる。羽塚と私との距離が離れ、犯行グループは私を狙いやすくなる。その機会を入鹿は作り出したのだ。
 入鹿が犯行グループのことを探っているということを悟られた気配はない。休暇としてこの街に下りる。この機会に犯行グループは行動を起こしてくるだろう。それで入鹿を狙うのか、私を狙うのかはっきりする。
 実際に、犯行グループが行動を起こし、入鹿や私を襲ったとしても、こちらには『希望ノ羽』を持った羽塚がいた。相手の現状の戦力も把握できていた。それに行動を起こすのが突発的であったため、犯行グループの計画に穴が空くという可能性もある。今回をおいて他にない、この機会を活かしたいと計画が不完全な状態にあっても犯行グループは思うはずだ。不完全な計画であれば、どうとでもやりようはある。
 そして、入鹿がこの行動に踏み切ろうとした要因。
 犯行グループ、『特殊諜報部三課』には武田・K・一騎がいたのだ。
 
 入鹿がすぐにでも行動を起こしたかったのにはもう一つ理由があった。それは死に別れることとなった一騎がこの犯行グループに属していたということ。
 入鹿は信じられなかった。
 一騎は自分の恩人であり、憧れであった。
 その一騎がこの計画に関わっているということを。もしかしたら、犯行グループには別の目的があるのではないのかという疑念すら生まれる。入鹿がこの機会を用意してもなにも起こらないのではないかという楽観さえも。
 一騎がもし関わっていたとしてもきっとなにか事情があるはずだ。話をすれば、一騎は味方をしてくれる。そんな甘い考えが入鹿の中に存在していた。
「あの人がそんなことをするはずがない。と思い込んでいました…。私が彼を追い詰めていたというのに勝手なものですよね…」
 真実は違った。一騎は入鹿のために手を汚すという覚悟をしていた。そして、私を殺害する中心人物として行動していた。入鹿の前にも現れず、自分の任務をこなす。羽塚に匹敵する技量を持ち、羽塚を倒す切り札として。信じていたその人物が最大の敵として立ち塞がることとなった。

「私の見立てが甘かったのです。自惚れていました。それに…、一騎さんにもう一度会いたいという焦りも私情も存在していました…。そんな私情のためにあなたを危険に晒してしまったことを謝らなければなりません」
 事情は大体理解した。私を危険に晒したことを心から申し訳ないと思っていることも伝わってきた。しかし…
 なんだろうなぁ。
「加え、謝罪する立場でありながら、一騎さん、あの人を許して欲しいと思っていること…。それも謝らなければなりません」
 ああ、なんだって私の周りには。
「申し訳ございませんでした」
 その言葉と共に、入鹿は再度深々と頭を下げる。
 自己犠牲が達者な人物が多いのだろうか?

「許さないわよ」
 まあそれは自分もか。
「はい、許してもらえるとは思っていません…。ですが、あの人のことは本当に」
「そーじゃなくて」
 私は額に手を添え、頭を振る。
「あんたがなんでも自分で抱え込もうとしていることよ!」
 まったく説教できる立場にいるのだろうか私は。
「自分一人でなんでもできると思ってるの?今回の件が自分一人だけ悪いと思っているの?はあ…一騎さんの気持ちもわかっちゃうわね…」
 私の突然の説教に入鹿は呆気に取られている。
「私はあんたを許してあげてもいい。でも条件があるわ」
 言葉に入鹿ははっとしたように開いていた口を閉じ、提案を受け止めようと私の方に身を構え直す。
「一騎さんに守ってもらいなさい」
「はい、慎んで…、え?」
 何にでも従うと言う気概はよしとしよう。しかし、心配になるなぁ…この子は。
「別に一騎さんのことはあんまり怒っていないし、許さないわけじゃないわ。もう二度と命を狙わないって約束をしてもらえるなら、すぐにでも許すわ。あの人にもなんか私、説教しちゃったし、気持ちがわからないでもなかったしね」
「は、はい…伝えておきます。で、でも私もあの人もそんな簡単なことで許されてもいいのですか…?」
「そんなことって…。結構難しいのよねー、これ」
 人に素直に向き合う。そして、願う。一見簡単に見えるこのことができなかったから、今回の事件が大きく発展してしまったのではないか。と私は思っている。
「あの…私のことを思ってくれてるのはすごく嬉しいです。ですが、あなたのためになにか償いは…」
 まったく真面目すぎる子だわ…。
「んー…あのね?私って頑張ってる人が報われないのは嫌なの。だからあなたたちが幸せになれないっていうのは胸が痛むのよね。文字通り心苦しいってわけ。そうならないように。あなたが努力をしてくれればいい。それが私のためにする償いってわけにはならないかしら?」
 だからこそ。頑張っているあなただからこそ私は想う。

「ちゃんと言って、ちゃんと守ってもらって。幸せになりなさい。入鹿」
 柔らかな視線で、入鹿に優しく微笑んで見せた。

 それに対し入鹿は、戸惑いの中にありながらも、私の表情を見てその意図を汲み取ってくれたようだ。
 観念いたしましたというように息を吐き、首を横に振りながら顔を下げる。
 そして、次には顔を上げ、
「はい、努力いたします」
 満面の笑みで以って私の提案に応えてくれることを約束したのだった。

GoodLack 05-01

GoodLack
10 /14 2012
 羽塚が私のベッドで眠っている。
 私は瞳を閉じて静かに回想に浸る。
 昨日の夜は、激しかった。

 とめどなく上がっていく体温。
 剥ぎ取っていく衣服。
 荒々しい吐息。
 感じる相手の熱。
 私の名前をささやく彼の声。
 絡み合う手と手。

 そして今、羽塚の隣で私は…
 椅子に座って、呑気に眠っている羽塚の寝顔を眺めていた。
 別に同じベッドに寝ていたわけではない。むしろ私は眠ってなどいない。今の今まで羽塚の看病をしていた。

 とめどなく上がっていく羽塚の体温。それはもう只事じゃないぐらいに。
 汗で濡れて着替えさせなければならない衣服。身体も衣服も重く、とんだ重労働だ。
 荒々しい羽塚の呼吸。切れ切れでとてもとても苦しそうだ。
 額に手を当て感じる羽塚の熱。やべー下がらねぇ。
 うわ言のように私を呼ぶ声。そんなに呼ばれましても。
 ふらふらと伸びる羽塚の手を握り締める。はいはい、ここにいますから安心なさい。
 そんな具合で看病したり、慌てたり、心配させられたりと大変で激しい夜でした。

 私のベッドは羽塚に明け渡してある。看病で寝る暇もなく、椅子に力無く座っているのが現状。眠たい瞳で今は落ち着いた羽塚を恨めしげに見つめる。
「早く目を覚ましなさいよね…馬鹿…」
 恨み言の一つ、言っても罰は当たらないだろう。
 なにもせず、椅子に落ち着いていると意識が落ちそうだ。しかし、それは避けたいところだ。こいつが目を覚ますのをきちんと見届けたい。いつ容態が急変するとも限らないし。
 寝てしまわないよう何か別のことでも考えるか。
 
 昨日羽塚が倒れる前のこと…。


 一騎が膝を折り、自らの意志で止まった。
 入鹿が現れ、一騎の戦いの理由、それが覆された。
 過去に入鹿とした約束。守ることの出来なかったことに対する後悔。そして、再び入鹿を守る機会を与えられた。使命感、それ故の暴走。
 男は見失っていた。
 自分が本当に欲しかったものは何か。
 言ってもらえればよかったのだ。この女性からたった一言。
 『私を守って』と。
 それが彼が真に求めていたこと。

 羽塚の姿を見据える。
 気持ちを胸に落とす。
 私も伝えよう。態度に表して。
 手を羽塚へと伸ばそうとしたその時、羽塚の身体が一段、がくりと落ちる。
「はづかっ!?」
 『希望ノ羽』の灯は消えている。元々限界を超えていたのだ。『希望ノ羽』の支えを失った羽塚は膝を折り、バランスを崩し倒れそうになっていた。伸ばしかけていた手で羽塚の腕を引き、正面で倒れ掛かる身体を受け止める。
「あ、ありがとうございます…」
 偶然にも抱き合うような形だ。羽塚は寄りかかるように私に体重を預けている。もううまく力も入らないようだ。預けられる体重はかなり重い。しかし、その重さも今は誇らしい。
「私こそありがとう…そして、おつかれさま」
 感謝の言葉。それに続けて伝えたいこと。
「羽塚…私ね…」
 その言葉を口から出そうとした時、視界の端に人影が映った。人前であったことを思い出し、急に照れくさくなり、羽塚の身体を突き放す。今度は後ろに倒れそうになっていた。慌てて腕を取り、羽塚に肩を貸す。姿勢を安定させて、振り返ると更に数人倉庫に入ってきているところだった。服装は羽塚や入鹿が着ていたもの。天界の人間だろうか。一騎たちのグループはスーツで身を固めていたので、また別のグループであるようにも思える。どうなのだろうかと羽塚の方へ視線を送っていると、それに気づいた羽塚は軽く微笑み、
「大丈夫です。安心してください」
 と言った。

 倉庫に侵入してきた集団は羽塚によって倒された者たちを次々と拘束していく。たしかにその辺に転がしたままにしておくわけにはいかないよね…。それにしても随分と手際がいい。気絶した人間とは扱いが難しいものだ。事後処理に慣れているのが窺える。こういったことって案外多いのだろうか。
 作業が一段落したのか、一人の女性がこちらに歩み寄ってくる。
「この度は申し訳ございませんでした」
 会うなり一礼。クールで仕事ができそうな印象の女性だ。
「天界の者がとんだご迷惑をおかけしました。今後はこのようなことがないよう気をつけますので」
 丁寧な謝罪。たしかに迷惑はかけられたけど、見ず知らずの人間に丁寧に謝られるのはどこか落ち着かない。この人が悪いってわけでもないのに。
「い、いえ羽塚、いや羽塚くんが守ってくださったので、なんとかなりましたし…」
「そう言ってもらえると助かります。三橋の方からも改まって謝罪をさせますので何卒」
 言われて、いつのまにか入鹿がいなくなっていることに気づく。拘束されている人間の中に一騎もいない。
「あの…曽我部さん…?」
 唐突に隣から申し訳のなさそうな声を羽塚が出す。
「ん?どったの、羽塚くん?」
 羽塚に対するフランクな受け答え。クールな印象に合わせて、これまで丁寧な対応を見せていただけに少しギャップを感じる。顔の知った仲、はたまた同僚って間柄なのだろうか。
「後のこと、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「あら、弱音なんて珍しい。まあ今回は相手が相手だったし、仕方ないわね」
「ありがとうございま…す…」
 謝礼の言葉を最後に急に肩にかかる力が重くなる。そう気絶した人間の重さだ。声をかけるもやはり反応がない。私の肩からずり落ちる羽塚を、曽我部さんは半分支え、
「羽塚くん、ぐっじょぶ!」
 とやけにフランクな労いの言葉をかけた。

 それから。
 医術の心得があるらしい曽我部さんは羽塚を軽く診察をしていった。なるほど女医か。体温が高く、苦しそうに呼吸はしているが、命に別状はないらしい。今回は天界に転送してまで治療する必要もないらしく、家に連れ帰っていいらしい。
 帰りは曽我部さんともう一人の男性に同行してもらい、送ってもらった。
 そもそもどうやって帰ればいいのかわからなかったしありがたいことだ。気が付いたらここに拉致されていたのだし、羽塚をどうやって一人で家に運ぶのか想像も付かないところだった。こいつは見た目によらず重い。引き摺りながら帰って、どれだけかかるかわかったもんじゃない。
 なるほど。このことも含めて『後のこと』だったのかと一人羽塚の言動に感心していた。
 輸送手段は車。大型ワゴンでレンタカーらしい。
 天界と言うところはどうしてこんなちょっとしたところで私たちの幻想を打ち砕いてくれるのだろうか。まあ他のものと言われてもすぐには思いつかない。それにこれ以外だと逆に目立つだろう。あーとっても便利ー。
 同行してくれる若い男性が羽塚の上半身を持ち上げ、曽我部さんと私で足を一本ずつ持って、羽塚を後部座席に押し込み、帰路に着く。揺れる車体の中、羽塚の頭を膝の上に乗せ、支える。それでも羽塚は苦しそうに唸っていたので、本当に大丈夫なのかと助手席に乗る曽我部さんに尋ねると、『希望ノ羽』云々の話をされてよく理解できなかったが、一応大丈夫らしい。
 ただあまり『希望ノ羽』の行使しすぎはよろしくなかったらしく、その点を羽塚に注意しておけと言われた。加えて、『羽塚くんのことだからあんまり効果ないでしょうねー』と半ば笑われていたが。まあ、言い聞かせておくとしよう。

 アパートに到着し、羽塚を部屋へと運ぶ。共用階段を上がり、廊下を通る。日が落ちているとは言え、電灯はきっちり点いている。ご近所に見られなければいいのだけど…。
 無事、羽塚を私のベッドへと寝かせると、曽我部さんたちは、
「私たちは作業の続きがありますので」
 ということで、ここまで送ってくれたことへの感謝を伝える。
「いえいえ、まだ私たちがかけました迷惑の方が大きいですので…、三橋は明日にでも謝罪に来ると思います」
 入鹿とはうやむやのまま別れるのは嫌だ。話をする機会を与えてくれるのは正直嬉しい。曽我部さんは少し思案顔を見せた後、意を決して言葉を発する。
「迷惑をかけておいて厚かましいお願いだとは思いますが、三橋を嫌いにならないでやってください」
 その心配顔はまるで姉のような慈愛が感じられた。入鹿は愛されているのだな。
 そして、帰路に着く。その去り際、
「そうそう、弱ってる時の看病はかなりポイント高いですよ」
 と女の表情で教えてくれた。


 今思えば、本当に羽塚は大丈夫だったのだろうかとも感じられる。
 熱だって尋常じゃなかったし、呼吸も切れ切れ、私の献身的な看護がなければ正直この男は生き残っていないのではないか。
「こんなに大変ならいっそのこと引き取ってもらえばよかったかもねぇ…」
 今は落ち着いている羽塚の顔を眺める。
「あんたのことなのよ。聞いてんの…?」
 返事はない。しっかりと眠っているようだ。
 椅子のキャスターをごろごろと転がして、羽塚の近くに寄る。何度目かわからないが、額に手を触れ、軽く熱を計る。
 もう大丈夫そうだ。それにちゃんと寝ている。
 羽塚の寝顔を見つめる。口、そして唇。今は整った寝息を静かに吐き出している。
 あー…。
「しちゃおっかなー…キス…」
 その単語を口に出してみると急激に羽塚が愛おしく感じられてきた。
 今、しておかなければ次はないんじゃないかというような脅迫観念に襲われ始める。
 実際はそんなことはない…と思いたい。
 なんだろう。ものすごく…今、羽塚にキスがしたくなってきた。
「い、いいよね…?」
 返事は返ってこない。それも当たり前。羽塚は眠っているのだ。
「やっぱり実際に態度に表して接することが大事であって…それで…」
 誰に対して言い訳をしているのか、私は。
 ここには眠っている羽塚と私しかいない。

「する…わよ…?」
 髪を掻き揚げ、羽塚へと唇を近づける。
 吐息が感じられる距離。
 そして、あと少しで接触する。

 という瞬間。

<ピンポーン♪>

 唐突に鳴った呼び鈴に驚き、私は盛大に椅子をひっくり返したのだった。

GoodLack 04-10

GoodLack
09 /30 2012
 全力を込めた攻撃と共に羽塚は地面に倒れた。羽塚はそのまま立ち上がってこなかった。心配になり、慌てて駆け寄ってみれば、私の心配とは他所に微笑を返してくれた。だが、その表情の余裕とは裏腹にもう自力で立ち上がるのもきつい、だそうで、肩を貸し、なんとか立ち上がらせる。その時触れた身体は人間のものとは思えないようなひどい熱を持っていた。驚いて問い詰めたが、羽塚は大丈夫だと言う。それが強がりなのはわかる。それでも頑なに隠そうとしているのは、きっと私に余計な心配をさせたくないのだろう。
「ほんとあんたはいつも無茶して…」
 全てが終わった。日常がもどる。そう安堵した瞬間だった。

「うおああああああああああああ!!!」

 獣のような咆哮が廃倉庫に響き渡る。
 その咆哮の主は、『希望ノ羽』の光を消し、沈黙したはずの一騎のものだった。
「おれは…負けられんのだ…!今度こそやり遂げるのだ!!」
 冷静だった男の激しい感情の吐露。そして、その意志が男の身体を動かし始める。
 床に拳を突きたて、震える足を押さえつけながら一騎は立ち上がる。壁に強くぶつけたのか、頭からは血を流していた。その影響も相まってか、足元がおぼつかない様子だ。
 それでも男は交戦の意志を示す。
「誓ったのだ…」
 自分を奮い立たせるように額の血を腕で拭い、振り払う。
「あの子を守ると!」
 再度、『希望ノ羽』が輝き始める。この男の意志が枯れない限り、この光は消えることはないのだ。
 ふっと肩にかかっていた重みが消え、羽塚が前へと出る。
「いいでしょう…私も大概頭に来ています」
 等しく『希望ノ羽』を起動させたのか、光を纏い始めていた。
「未遂とは言え、あなたは希望さんを殺した。その意志がある限り安心はできない」
 静かながらも確かな怒りを帯びた言葉。
 羽塚も理解している。この男はその意志を曲げない限り止まることはない。しかし、この男はその意志を貫くためならば、命さえも投げ出す覚悟を持っている。
 ならば、この男を止めると言う事は?

 羽塚が歩を進める。『希望ノ羽』の補助があるのか、今は自分の足で歩くことができている。対して、一騎は『希望ノ羽』の補助をもらいながらも身体を引き摺るように前に進む。
 羽塚には勝ってもらいたい。でも、その手を汚してまでも勝ってもらいたくはない。
 一騎も自分の守りたいもののために必死になって戦っている。その想いもどうにかして成就して欲しいと思う。
 しかし、私にはどうあってもその想いを成就させてあげることはできない。
 私は死にたくない。羽塚と共にありたい。

 どうにかならないのか?どうすればこの場を収めることができる?
 いや、答えは出ている。
 この騒動に必要不可欠な登場人物。
 この場を収めることができるだろう人物。

「そこまでです」

 入鹿しかいないだろう。

 透き通った声が静かに響いた。
 一騎の足が止まる。
 声のした方からこつん、こつんとゆっくりと確かな足音が響き渡る。振り返るとそこには落陽の光を浴びながら軽く、優雅に歩みを進める入鹿がいた。凛と気高く線が通り、それでいて表情は柔和で全てを包み込むような神秘的な雰囲気を纏う。神。そう呼ぶにふさわしい姿だと感じた。
「やめてください」
 私の横を通り過ぎ、更に羽塚の前に出る。羽塚が横に付こうとするが、それを静かに手で制し、一人、一騎の正面に立つ。
「神様だろうとおれを止めることはできん」
 一騎はそう吐き捨て、再度視線を私に絞る。敢えて入鹿から視線を逸らしているかのよう。
「もう…やめてください…。真田一騎さん…」
 名前を呼ばれ、一騎は驚く。
 たしか天使には登録区分のためのミドルネームがあると羽塚に聞いたことがあった。それを挟まないその名は何を意味しているのか。
「わかる…のか?」
 一騎のその声は震えていた。
「わからないわけがないじゃないですか…」
 その問いに対し、入鹿は微笑みを見せる。目端には涙を溜めて。
「その声を…もう一度聞きたいと何度願ったことか…」
 一騎は溢れ出しそうになる感情を堪えるように強く歯噛みし、呟くように言葉を発す。
「すまない…。すまなかった…」
 搾り出す謝罪の言葉。重く、深い。
「仕方がなかったんです…あなたは悪くはありません…それに…」
 入鹿の頬を一筋の涙が伝った。
「救われたんです。あなたが言ってくれたあの一言に…」
 精一杯の微笑みを浮かべたまま。本当に嬉しかったのだと。
「それでも…それでもおれは…!君を…!」
 許せないのだ。この男は自分の誓いを果たせなかったことが。それでこんな遠回しな罪滅ぼしを行っているのだ。
「それでも…納得がいかないというならば…」
 そう言い、入鹿は一騎に向かって手を伸ばす。

「もう一度…私を、守ってくださいませんか…?」

 差し伸べられた手。
「あ…ああ…」
 一騎はその場に膝を屈す。
「入鹿…ちゃん…」
 震える手を伸ばす。そして…。

「約束する…」
 大事なものを包み込むように。
 誓いを込めるように。
 伸ばされた手を一騎は掴んだ。

崎原 一研

エキゾチック:
外国の雰囲気・情緒のあるさま。異国的。
外国の人から見れば日本も外国。

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