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CrossConnection 03-03

CC
08 /17 2017
 屋根を伝い、ナインとノアは慎重に移動する。
 家屋の上は、夜の闇と相まって街路からナインたちの姿を見つけるのは難しいだろう。逃走には好ましい状況ではあるが、闇夜という条件はナインたちにも制約をかける。屋根の上の足場には、街の光が届かない。加え、現在月は翳っている。幸い、月を遮る雲は厚くなく、幾分かの明かりはある。
 しかし、不安定な環境に相違はない。
 そんな場所をナインは記憶を頼りに進んでいく。

 ……雑用の経験も活きるもんだな。
 ナインが本業の合間にしていた雑用。屋根修理での経験がナインたちの進路の助けになる。その構造を知っているのと知らないのとでは進行速度に違いが出る。
「そこ、気をつけろよ」
 ノアが足を踏み外さないように、繋いだ手に力を込める。
 ナインは経験と持ち前の身軽さで足元の暗闇を補うが、ノアは違う。全く未知の領域だろう。あまり大きな音を立てないように、ノアに危険が及ばないように心ばかり慎重に進む。
 あと少し進めば、裏通りに降りられる段差がある。そして、そこから目指すのは―――
 王都の外。

 《アイアンフェロー》の窓から抜け出し、少しの間ナインは屋根の上から追跡者と店主の様子を伺っていた。
 追跡者は確かに神殿騎士団。先頭に立つ人物には見覚えがあった。神殿騎士団副団長のセルヴェイン。神殿騎士団に三人存在する副団長の一人。トラヴィオン王国の要所警護を主に取り仕切る人物。
 捜索に駆り出されるというのは珍しい。
 確かに要人警護の任に当たっているのは見たことがある。
 しかし、要人誘拐の犯人捜索は畑違いだ。
 それに最初から要人誘拐の犯人として、ナインを探しに《アイアンフェロー》にやってきた。酒場前の大立ち回りの主犯としてではなくだ。加え、あの人数の割には、訪問が早すぎる。複数の場所を同時に探索するのではなく、ここに人数を集中させてきた。よほどの確証を持っての訪問なのだろう。
 極めつけは、騎士団の集団に紛れていた黒外套の男たち。
 神殿騎士団とノアを追う組織には繋がりがある。
 ……厄介なことになった。
 ナインは思う。
 ノアの依頼を達成するには王国を敵に回す必要がある。それが確定した。まだ神殿騎士団しか動いていないようだが、すぐに各所から追われることになるだろう。街の人間を一人罪人として、でっち上げるのも神殿騎士団なら容易い。酒場での周囲を巻き込んだ立ち回りも悪い方に働くだろう。正直頭を抱えたい状況である。
「んっ」
 それを力が籠ったノアの腕が制する。
 ……まったく世話の掛かる依頼人だ。

「降りるぞ」
 ノアは静かに頷く。数件の屋根を渡り歩き、《アイアンフェロー》を挟んで反対側の通りに降りることのできる段差をナインはノアに先んじて降りて見せる。
「ほら、こい。外套の裾を引っかけないように注意しろよ」
 裏路地の片隅で、ナインはノアを受け止めるために両手を広げてみせる。
 頭を抱えている暇なんてない。ナインは決めたのだ。
 ノアは先程のナインの動きに倣い、両手足を使い、段差を数段下る。そして最後、少し高めの段差からナインに向かって、跳んだ。飛び込んでくるノアの身体を、ナインはしっかりと受け止めた。
 ノアの望みを叶える。そのために――― 王都から出る。
 その進路を取っていた。

 王都は夜にも関わらず、騒がしかった。
 少し前までは、祭りの後を引く騒ぎだったが、今は酒場で起こった小火への対応。そして、その中核となった人物を確保するための動きで騒然としていた。
 陰から陰へとナインたちは先を急ぐ。
 伊達にこの街で荒事をこなしていたわけではない。こういう場合の逃げ方をナインは心得ていた。そして―――
 王都からの抜け出し方も。

 トラヴィオン王国には、地下水路が存在する。それは生活に使った水や雨水を排水するための下水道。
 王都で発生した下水はこの地下水路から王都の外へと排出される。地下水路には、街の至る所から下りることができ、人が歩くことができるスペースも存在する。
 しかし、この地下水路から王都の外へと出ることはできない。
 王都の外へと行くのは下水のみ。通路は王都の外へと繋がっていない。更に水路であっても流れる先には格子が設けられており、流れに乗って外に出ることは不可能だ。
 では、どうすれば王都の外へと抜け出すことができるのか。
 その道筋は、もう一つの地下道にある。
 トラヴィオン王国には、地下水路とは別に、王城から王都外へと続く一本の地下道が存在している。
 ナインはそれを有事の際に王族が王都から抜け出すための隠し通路なのだと当たりをつけている。
 そして、その隠し通路は、地下水路に接する箇所が存在した。地下水路からその隠し通路に侵入することができるのだ。
 巧妙にカモフラージュが施してあり、薄暗い地下水路では、見つけることが極めて困難な通用口。その存在を、ナインは街の雑用で地下水路に下りた時に見つけていたのだ。それは全くの偶然だったが、ナインはその隠し通路を、本業で王都から出入りする時などに秘密裏に使用していた。
 ナインが最初に隠し通路に侵入した時、その内部は全く使用されている形跡はなかった。
 トラヴィオン王国は建国されて長い。そして、トラヴィオン王国は大陸の中でも強大な国。建国の際には周辺諸国との騒乱があったが、その後順調に勢力を広げ、強大な国として君臨し続けた。先の帝国との戦争でも王都まで攻め入られることは終ぞなかった。王国は建国時の騒乱以降危機に瀕した場面はない。有事の際に作られたこの隠し通路は、その有事に瀕することがなかったため、忘れ去られた産物となっていたのだ。
 隠し通路は、侵入口は何箇所か存在するようだったが、基本的な構造は一本道だ。通路を辿れば、王都の外へと出ることができる。老朽化により、崩落していた箇所もあったが、大きな崩落ではなかったので、その箇所はナイン自ら修復を行った。もちろんそれを知る者はいない。文字通りの隠し通路となっている。

 その隠し通路へと至るため、ナインたちは街を駆けていた。
 まだ、地下水路へは潜らない。地下水路には、光がない。
 移動するためには、灯りともす必要がある。もしその状態で捜索隊に遭遇すれば即刻見つかってしまう。地下水路は隠れることができる場所だ。そこから王国の外へと抜けられるのを知らないからといって捜索の手が伸びないとも限らない。
 だから、地下水路に入るのはなるべく目的の地点の近くにしておきたい。
 隠し通路の入り口近くに下りられる目的のポイントは、城門からほど遠い。捜索隊の包囲網に引っかかることなく、ナインたちは目的地近くまで来ていた。

「あーあ、面倒なこった」
 人の声に反応して、ナインたちは建物の陰に留まり、息を潜める。目的のポイントは声の主のすぐ隣だ。ナインは息を殺し、声の主の様子を窺う。そこにはナインの見知った顔があった。
「教か……」
「運良く目標のナインくんと要人さんが出てこないものかねー。ちゃちゃっと捕縛して神殿騎士団のとこに連れて行くんだけどなー」
「っ……」
 ナインは出しかけた言葉を堪える。そこにいるのは、スパーソン教官。聖歌騎士団の団員を鍛える立場にあり、王国の騎士団の一員。先程の言葉の通り、ナインたちは追われる者で、スパーソンは追う者。助けを求められる間柄ではないのだ。
 スパーソンは、煙草に火を点け、
「にしてもあの黒外套の集団は何様なのかねぇ。頭ごなしに神殿騎士団に命令しているみたいだけど、やっぱ国のお偉いさんにつながりがあるんだろうなー。仕切ってるのがセルヴェイン副団長だから第三王子になるのかな」
 独り言を続けた。
「まったく……末端はいいようにこき使われて辛いわ―。黒外套の人たちも十五人以上はいそうだし、自分たちで探しゃあいいのによ。それに何やら要人さんの居場所がある程度わかっているみたいだし、僕まで駆り出さなくてよくないかな」
 まったくこの人は……。
 ナインの口元には笑みが浮かんでいた。
「さあてね、さすがにこんなとこにナインくんは来ないだろう。ここから外に出られる所があるなんて僕ぐらいしか知らないだろうしね。異常なしと報告して、他のみんなと同じように正門裏門の監視にでもいくかなーっと」
 スパーソンは煙草の煙を吐き、ナインたちの隠れる物陰へと視線を向ける。
「まあどっちにしても、元教え子を捕まえる立場にはなりたくないものだね」
 そう呟くと煙草を加え、ナインたちが隠れる物陰とは反対方向へと歩いて行った。
 スパーソンがその場を立ち去り、少し間をおいて、ナインたちは動き始める。ナインは先程までスパーソンがいた場所にしゃがみ、地下水路へと繋がる天蓋の隙間に腰から引き抜いた剣をねじ込む。天蓋はガコッと音を立てて外れ、その下には暗闇の空間へと続く階段が現れた。
「ノア、行くぞ」
 そう告げ、ナインは足を踏み出す。その時、後ろに控えていたノアがくいとナインの服の裾を引いた。
「あの人は……いい人?」
 そのノアの問いかけにナインは堪え切れず、
「ああそうだな。騎士団を辞めた今でも変わらず俺の教官だ」
 ふっと笑みを浮かべていた。
 情報をありがとうございます、スパーソン教官。
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CrossConnection 03-02

CC
08 /15 2017
「その子のことは知っているが、わからん」
 武器屋店主は腕を胸の前で組んだまま、堂々と言い放った。
「……どういう意味だよ」
「言ってる通りの意味だ」
 自信満々な態度にナインは反論する意志も失せ、
「じゃあ言ってる通りの意味として……知ってることを教えてくれ……」
 と要求をする。すると店主はバツが悪そうにぼりぼりと頬を掻き始めた。
「あー……まあ……その子はだな……」
「なに勿体ぶってんだよ……」
 ナインの半目での抗議に店主は一度咳払いをし、続きを述べる。
「その子はおまえの……」

《ドンドンドン》

 その娘の正体が明かされると言うその瞬間、乱暴に店の扉がノックされた。ナインは入り口を警戒して、ノアの手を取り、自身の元に引き寄せる。
「神殿騎士団の者だ!ドアを開けろ!」
 かけられた声にナインと店主は視線を合わせ、小声で囁き合う。
「……おまえなんかしたのか?」
 神殿騎士団の人間が来るのは意外だったが、可能性はあった。
「まあ、思い当たる節はあるな……。そもそも街の騎士団様が敵なのか味方なのかはっきりしてない」
 神殿騎士団は、トラヴィオン王都を守護することを責務とした騎士団。単に酒場前での大立ち回りの参考人として身柄を確保されるだけかもしれない。
「おい、早くしないか!」
 店主はナインの言葉を聞き、親指で頭上を示す。店主のサインにナインは頷きを返し、動きだした。
 酒場前では、騎士団の救援が得られた。しかし、それで騎士団全てがナインの味方であるとは言い難い。ゼブランスとティマは聖歌騎士団の人間だ。今来ているのは神殿騎士団。所属が違えば、指揮系統も違うはずだ。それに聖歌騎士団の元後輩二人は、偶然あの場に居合わせて独自の判断でナインを救援していたという可能性がある。
 扉を叩く音が一層大きくなった。扉を開けようとガタガタと音が響く。
 ナインはノアの手を引き、足音を潜めカウンターの隣にある階段から二階へと上がる。
 神殿騎士団の人間が、すぐに突入してこないのは、ナインが店に帰ってきた時に扉の鍵をかけていたからだ。
「はいはい!今出ますよっと!!」
 ナインは階段を上がりきる前に、店主に一つ頭を下げる。そのまま二階へと上がろうとした時、
「ちょっと待て!……ってくださいよっと!!」
 店主の言葉にナインは足を止める。言葉端は外のお客に対して取り繕ってはいたが、自分に対しての言葉だと認識した。
 店主はカウンターの引き出しを開け、ある物を取り出す。それをそのまま頭上の階段にいるナインへと放り投げた。優しくないトスにナインは階段から身を乗り出してそれを受け取る。
「これは……」
 受け取ったのは短剣。それも専用の鞘に収まった対話兵装だった。
 ナインの疑問を孕んだ視線に対して、店主は顎を軽く上げ、さっさといけと促した。
 すぐに戻ってきて、ノアのことを教えてもらう。
 そう意志を込めてナインは店主をにらみ返したが、店主はニヤリと口端に笑みを浮かべただけで扉の方へと向かう。
 普段はこんなことしねぇだろ……
 そう言いたくなる気持ちを渡された短剣を握りしめることで抑え、ナインは階段を上がった。


「こちとらもう店閉めてんだがな」
 店の扉を開け、店主は訪問者に苦言を吐く。
「ナイン、ナイン=エルハガルはいるか!?」
 訪問者は集団。先頭に立つ男が店主に怒鳴りつける。
「ナインならまだ帰ってきてねーぞ。あいつが何か?」
 店主は肩を竦めて、ついさっきあった出来事をすっとぼけて見せる。
 店主の前に立つ面々はトラヴィオン王国神殿騎士団の鎧を着込んでいる。言葉通り神殿騎士団から訪問者だった。しかし、訪問者全員がそうというわけではない。十ほどいる集団の中に見慣れぬ黒が混ざっていた。
「ナインには、要人誘拐の嫌疑がかかっている」
「へぇ……『要人』ねぇ……。それは一体どういう方で?」
「おまえが知る必要はない」
 『要人』と呼ばれるあの少女。店主にその認識は存在しない。自分の認識と合致しないあの少女。

 ―――やはり。
 店主は思う。

「中を改めさせてもらうぞ」
「へいへい。手荒にして商品を傷つけないでくれよ」
 店になだれ込む鎧の集団。店の中には所狭しと商品である武器が並べてある。それを避けながら押し入るには、着込んだ鎧と集団行動は向いていないようで神殿騎士団の面々は右往左往していた。
 まったく、我ながらひどいレイアウトだな……。
 店の商品を乱暴に押しのけて行こうにも物量が邪魔をする。店内の探索は速やかには進まないだろう。正に武器の防護柵といったところだ。
 特に二階への階段はそれが極まる。商品としての陳列を考えなくていいからと言って乱雑に押し込まれている。そんなところを器用に上り下りするナインに店主は感心を覚える。
 時間は十分か。
 二階のナインの部屋からは、窓から屋根伝いに外に出ることができる。屋根を伝って少し離れた通りに降り立てば、神殿騎士団の者に見つからずに包囲から逃れることができる。
 屋根の上故に足場が悪く、ノアが遅れずについて行けるかが難点ではあるが、夜の闇が二人の姿を隠すだろう。
 十分に勿体つけて、店の扉は開けた。
 ナイン一人であれば気にも留めないが、今はあの子もいる。まあ心ばかりのフォローはしてやろう。
「いないだと?もっとよく探せ!」
 捜索状況の報告を受けた指揮官が檄を上げる。
「なんだぁ?うちには来てないってさっき言っただろう?いい加減別のとこいってくれや」
 指揮官が店主をギロリと睨み、歩調強く歩み寄る。
「貴様ぁ!隠し盾すると王国お抱えの対話兵装技師だとしても容赦せんぞ、トフィン=ケッセルリング!!」
 剣幕激しく、吠え立てる。
「たしかな根拠でもあるんですかい?神殿騎士団副団長セルヴェインどの?」
 ナイン捕縛を命受けて来ていたのは、神殿騎士団の中でも高位に当たる人物。その者が直々に保護しにくるノアという少女。

  ―――あの子は『要人』なんて大したもんじゃねぇよ。

 店主は態度には出さないが、内心強く自分を押し殺していた。
 あの子を助けたい。あの少女を――― 過去と同じ目には合わせられない。
 挑発的な態度のまま、店主は神殿騎士団副団長を睨み返す。
 交錯は数秒を要したものの、激突には発展しなかった。神殿騎士団副団長は指揮官としての職務に戻る。
「捜索の場所を変える……。一人はここの監視に残れ!一人は戻り、あの女の指示を仰げ!」
 神殿騎士団副団長は踵を返し、
「店主、失礼をした。貴殿は王国には必要な人材だ。この度のことは平にご容赦願いたい」
 と言葉を残し、店を後にする。それに遅れて店内で捜索を行っていた団員が続く。黒外套の者も併せて引き上げて行った。


 店に一人残った店主が呟く。
「まったく……散らかしてくれやがって」
 ナインたちを捜索するため、神殿騎士団の面々は店内に並べてある商品を片っ端からひっくり返していった。まるで嵐が来て、去ったかのような惨状だ。

「さぁてねぇ……」
 店主は次の行動を想い、息をつく。
 ただそれは店の片付けの段取りを想うものではなく、ナインたちの行く末を案じてのものだった。
「うまくエスコートできているもんかね……」
 ナインならうまくやれる。それだけの技量、度量を自分の親友の子は持ち合わせている。
  ―――だが、少々曰く付きだ。
 気になるところではあるが、そこはナインの、そしてノアにとっての問題だ。
「過去を取り戻せ……、ナイン」
 二人でこれからを模索すること。
 それがノアに、ナインにとって一番良いことだと店主は想っていた。

CrossConnection 03-01

CC
06 /03 2016
 忘れた
 失くした
 奪われた

  ◇
 隙を見て、包囲網から抜け出し、街中を隠れるように移動する。その道中、ナインは想う。
 勤勉ないい騎士になった。
 自身の窮地に駆けつけた若き騎士達を見て、ナインは素直にそう思った。
 蒼の輝石を埋めた剣を扱うゼブランスと紅の輝石を埋めた剣を扱うティマ。
 蒼の輝石は水を操り、紅の輝石は炎を操る。ゼブランスは水の疎密を操るのに長け、ティマは定点に炎を発生させるのに長ける。それぞれ得意な属性を持ち、特性を持つ。
 ゼブランスとティマは、二人でのコンビネーション戦法を得意とする。対話兵装の能力を組み合わせ、互いの能力を活かし合い、相乗効果を生む。
 最初にゼブランスが水に疎の力を加え、自身を中心とし、周囲に霧を展開する。霧は敵の視界を奪うと共に、敵の位置を把握するのに利用する。力の及んだその霧は、対話兵装の使用者に周囲の情報を伝えることができるのだ。
 ゼブランスが得た情報を今度はティマに伝える。その情報を元にティマは炎を発生させる。それで二人の一方的な鎮圧は完成する。
 単純に見えて、実際に実行しようとすると難しい。
 ゼブランスが対話兵装により、得られる情報はあくまで主観的なもの。人に伝えるのには、正確な情報を言葉に落とさなければならない。それに敵は動く。情報を伝えるのが遅れれば、攻撃は空振りに終わる。
 だが、ゼブランスにとって情報を伝える相手がティマであればその一連がほとんど省略できる。
 ゼブランスとティマは騎士になる前から共に過ごしてきた。その付き合い故に少ない言葉、感覚でも伝わるものがある。また、ゼブランスはティマの呼吸も心得ている。炎の定点発生には、集中力を要する。その
ティマの「間」をゼブランスは把握していた。
 こうして、ゼブランスの指示でティマは的確に攻撃を加えることができる。

 先程の戦闘での制圧速度はかなりのものだった。
 敵が怯んだところへの追撃もうまく決まっていた。そしてなにより、
 ーーー人々を守ることを優先した。
 騎士は人を背負い、人を守る。精錬潔癖であり、誇れるものでなければならない。
 その役割をあの二人は立派に果たしていた。
 ……まったく、助けられる日が来るとはな。
 でも、正直助かった。
 相手が対話兵装持ち、しかも多勢だとは想定していなかった。アレクシアからの連戦ということもあり、武器のストックも減っていた。あのままだと。
 ーーー手段が選べなくなっていた。

  ◇
「ナイン、どこへいくの?」
 感情のないノアの声が闇夜に響く。
 もうすっかり日は沈んでしまった。にも関わらず、街は騒がしかった。赤髪の対話者広めた炎で小火が起こっていたのだ。それを背にナインは目的の場へと向かう。
「補充だ」

 建物の戸をナインは勢いよく開ける。
「おやっさん、投擲用ナイフを2ダースくれ」
 ナインが向かった先は自身の住む家、武器屋『アイアンフェロー』だった。
「おう、えらく気前がいいな」
 店子の注文を聞き、店主は店の売り物から適当に注文の品を拾い上げる。
「ほらよ」
 6本ずつまとまった投擲用ナイフを布に包み、店の中に入ったナインへと放って投げた。
「ありがとよ」
 そこで店主はナインの背後に立つ少女の存在に気づく。
「……おやっさん?」
 固まっていた。
 自身の見ているものが信じられないとでもいったような様子。
「おい、その子は……?」
「ああ、依頼人だよ」
 普段絶対に見せることのない驚きに満ちた表情。
「全く変な依頼人だよ。具体的になにをすればいいのかわかんねぇときた」
 その反応に戸惑いを覚えたナインは意図せず、おどけた様子を見せていた。
「……どうして、その子が……」
「あ?いや詳しくはしらねぇけど」
「……おまえ、覚えていないのか?」
「ーーーは?」
 ノアとは、この少女とは今日初めて会った。
「……忘れているのか?」
 ーーーそのはずだ。
「……忘れているのか、おれは?」
「あ、ああ……」
 ナインには10年前より以前の記憶がない。
 原因は聞かされていない。空虚感はあったが教えられなかったということは、知らなくていいことだと子供ながらに思ったのだ。子供というのは、移り変わりも早い。いつのまかにその空虚感すらも忘れていた。
「おやっさん、おれはこの子を知っているのか?」
「いや……そんなはずは……」
 店主は頭を振り、もう一度ノアの姿を見直す。
「この子……名前は?」
「ーーーノア」
 店主の問いかけに、ナインの背後にいたノア本人が答える。
「いや…、おれが口走った言葉をなぜかこの子が気に入ってよ。本当は名前とは思えない呼ばれ方をしていた」
「おまえが『ノア』と名付けたのか?」
「名付けたとかじゃねぇ!」
「どうして『ノア』にした?」
「は……?この子に触れた時になんか思い浮かんだんだよ……『ノア』って言葉が……」
 自身でもよくわからずに発した言葉の意図を問い詰められ、ナインは言い淀む。その様子を見て店主は、
「ははっ…はーっはっはっは!!!」
 ーーー唐突に笑い出した。
「無意識にか!?そうか!はーはっはっはっは!!!」
 その行為に戸惑うナインを尻目に、店主はノアの前へと進み出る。
 そして、ノアの頭を豪快に撫でる。されるがままノアは体を左右に揺らしていた。
 しばらくその状態が続き、
「ナイン!!」
 また唐突に、店主は男の名を呼ぶ。
「この子を、守れ」
 店主は告げる。
「あ、ああ……。言われなくてもわかってるよ、そういう契約になってる」
 更に、
「今度こそ、離すなよ……」
 そう告げた店主の言葉は、普段と違った。
「なんだってんだよ……」
 すっかり調子を狂わされ、ナインは今日何度目かわからないため息を吐いていた。

CrossConnection 02-11

CC
02 /14 2016
 疾駆。
 赤髪の放つ炎を悉く躱し、距離を詰めていく。
 ナインは苦々しく思う。この不快で頭をかき乱すような声が、自身の助けになっている。
 背後のノアへと飛び火しないように、少し大きめの弧を描きながら接近する。
 ---対話兵装には、対話兵装による攻撃しか通じない。
 一般にはそう言われている。それは「加護」と呼ばれる対話兵装による自動防御があるからだ。事実、ナインが騎士団を辞めるきっかけとなった対話者には対話兵装以外の武器による攻撃が通じなかった。攻撃が対話者に到達する前に、その武器を為す鉄が溶けてしまうのだ。
 対話者が絶対的な強さを持つ一因にこの絶対防御能力がある。
 ナインは腰に収めた剣を引き抜く。
 その剣の刀身に輝石は埋まっていない。
 ならば、敵対話者に立ち向かっていく意味はあるのか?

 ナインは既に見極めていた。
 自身の持つ剣が敵対話者に届くと。

 「対話兵装には、対話兵装による攻撃しか通じない」
 それは畏怖を孕んだ兵士の間に伝わる言葉。
 対話兵装の力は強大である。しかし、その実、使いこなせているものは多くはない。
 相手の攻撃を迎撃せず、その力を無力化させる。それはアストラルの深淵に堕ちた特殊な者だけができる芸当だった。
 対話兵装を乱用は心を壊す。
 異次元の力を振えるものは同じく心を異次元に置く。アストラルの深淵に堕ちた者とは、有体に言えば、精神に異常をきたした者。まともに命令を聞けて、まともに考えられる者はほぼいない。
 ルマノと呼ばれた男にもその片鱗を感じられるが、まだその域に達していないと見える。
 それに、酒場で投げナイフを投擲した時、このルマノという男はそれを払った。払う理由があるのだ。

 ナインは確信を以って距離を詰めていく。
 自身の剣が届く間合いに到達し、素早く横薙ぎに払った。
「っざけんな!!クソがぁ!」
 身を引いて回避するだろうというナインの予想に反し、ルマノはその剣戟の下を抜けてきた。刃を薄皮一枚隔て潜り込むようにして回避し、その勢いのまま紅石の剣をナインの頭部目掛けて突き込んできた。再び得た対話兵装の怖気で、反撃を知覚することができたナインは辛うじてその突きを躱していた。
 剣を突き出すのと同時に炎が切っ先から放たれた。
 熱が身体の側面をちりちりと焼く。地面か壁に到達したのか、炎が広がりその灯がルマノ顔を照らし出した。
 ---その口元には、笑み。
 密着しすぎた体勢で剣を振るえず、ナインは身を引く。
 ---笑っているのか?
 やはり対話者かとナインは胸の中で毒づき、ノアの元まで後退する。
 あの赤髪を始めに片付けておきたかったが……
 取るべき手は複数あった。他の黒衣の男たちに仕掛けて、赤髪の攻撃に巻き込むのも一つの戦術。しかし、それは選ばなかった。
 ナインたちの周りでは、ルマノが放った炎が建物に飛び火し、燻り始めている。このまま戦闘を長引かせると被害が広がる。今はノアから依頼を受けている身であれど、ナインはこの街での仕事を生業としている。あまり被害が広がるのは快いものではない。
 先に赤髪に仕掛けたのは、間違いではないが良策でもなかった。仕留められそうな相手から仕留める。そうできなかった。この人数差のままだと、ノアを捕縛に走る者も現れるだろう。それを防ぐためにナインは常時警戒し、下がらざるを得ない。
 同じような突撃を繰り返せば、奇襲気味だった一度目と違い、黒衣の二人も動かずということにはならないだろう。先程の突撃の際に、ナインはノアを背にしないように位置取りをしていった。そうであれば、巻き添えの心配もない。迷わずノアを捕縛しに走るだろう。
 どうにも部が悪いな……
 ナインが考える間にも、ルマノは力を溜めるようにぶつぶつと言葉をつぶやきながら剣に炎を纏っていく。その集中を阻むため、ナインはナイフを投擲する。纏う炎が蠢き、層を厚くしてそれを受け止めた。対話兵装の精密操作。力を練り上げているようだ。
 待っていてもやられる、出て行ってもノアが捕縛される。
 その状況の中でナインはナイフを投擲し続けていた。
「ちくちくちくちく…っせぇなぁ!!」
 そう叫び、赤髪は剣を大きく振り上げる。それを合図にその体周囲に炎が螺旋状になり巻き上がる。
 防御に回っていた炎が攻撃に回る。それが放たれれば全て巻き込まれる。その気配を読み取っているのか、黒衣の男たちは距離を取り、傍観している。
 ここまで粘ったがもうこれ以上は誤魔化せない。それでもナインはその場から動かずにいた。それは、
 ---いるんだろう?
 待っていたのだ。

 その空間を満たしていたのは、炎だけではなかった。その周囲、その街路には白い靄が満たされていた。
「---『灯れ』」
 赤髪の外灯が燃え始める。
「あ?」
 その炎は赤髪が起こしたものではない。新しい紅が男に灯っていた。
「右奥5メートル、並んで二人」
「わかった……。『灯れ』!」
 続けて火が灯る。今度はノアを捕獲しようと構えていた黒衣の男たちにだった。
「ちぃっ!!」
 赤髪は纏っていた外套を引き剥がす。
「レッドが逃れて、後ろに二歩下がった。別に16メートル左後方。建物の陰だ」
「了解、ゼブくん。『灯れ』!!」
 再び、赤髪に火が灯る。同じタイミングで短い悲鳴が遠くの方で聞こえた。
「邪魔してんじゃ、ねぇぞ!!!」
 怒号とともに、赤髪が剣を振るう。身体に纏わりついていた炎が剣の方へ流れていった。
 自身を蝕む炎を、自身の操る炎で飲み込み、身体から引き剥がしたのだ。
「やはりそのくらいはやるか」
 次の瞬間、剣戟が赤髪を急襲する。ルマノは袈裟斬りに振り下ろされた剣から逃れるように身を引いていたが、剣先は浅く、その腕を捉えていた。
 ルマノを急襲したのはゼブランスだった。その身には、白の鎧を身に纏い、蒼の輝石が埋め込まれた剣を持っていた。
「先輩!大丈夫ですか?」
 続けて現れたのはティマ。ゼブランスと同じく白の鎧を身に纏い、両手に一本ずつ小ぶりの剣を持っている。右手の剣には紅の輝石が埋まっていた。
「そんなやつは放っておけ……。他の二人を警戒しろ」
 ゼブランスがルマノを警戒しながら、ティマに言い放つ。
 ルマノは腕を抑え、急襲した相手を見据え、睨みつける。
「やってくれたな……てめぇぇぇえ!!」
「……あんなやつぐらい、さっさと仕留めろよ雑魚が」
 ゼブランスはルマノに向き直り、深く構え直す。
 その間を新たな炎が走った。
「ルマノ様、こいつらは聖歌騎士団です。一旦引きましょう」
 黒衣の男の一人がルマノに近寄り告げる。
「ふざけんなよ……!!ここまでこけにされて引き下がれるか!?」
「……言い付けを忘れましたか?」
「……っ!!」
 ルマノは歯噛みする。ギリギリといった音が聞こえてきそうなほど。
「くそがっ!!引くぞ!!」
 葛藤の末、赤髪は決断した。身を翻し、撤退を開始する。
「逃がすか!」
「待ってゼブくん!!」
 追走しようとするゼブランスをティマが呼び止める。
「先に負傷者の救護と被害の拡大阻止だよ!」
 街中では、ルマノが撒き散らした炎で被害を受けた人、物があった。大きく火の手が上がっているところはまだないが、燻り始めの炎を放っておくわけにはいかない。
「……わかった」
 ゼブランスはティマの言葉を素直に受け入れ、追走を止めた。
「あっ、あとナイン先輩も後で少しお話を……って、先輩?」
 そう言って、ティマは辺りを見回すが、既にナインたちの姿はどこにもなかった。
「おい、ティマ!!あんなやつのことなんて放って、さっさと行くぞ!」
 ナインたちは一瞬の隙を見て、その場を離れていた。

CrossConnection Side.8 ∞

CC
04 /01 2015
 ここに俺は存在しない

 存在してはならない
 それでも

 変えるのだ

 ここから先に場所を作るため
 俺はここに来た

 さあ

 世界を欺き
 理を焼き尽くそう

崎原 一研

エキゾチック:
外国の雰囲気・情緒のあるさま。異国的。
外国の人から見れば日本も外国。